第3章・第16話 碧き流れ
地下水路。
濁流塊が咆哮を上げる。
黒く濁った水が、
巨大な腕のようにうねり始めた。
「来ます!」
神殿護衛達が武器を構える。
次の瞬間。
濁流が一気に叩き付けられた。
轟音。
地下水路が激しく揺れる。
アルが咄嗟に跳ぶ。
「っ!」
水飛沫。
壁へ叩き付けられた水流が、
周囲を飲み込んでいく。
レイオスが槍を突き出す。
「散開しろ!」
神殿護衛達が左右へ展開。
だが。
濁流塊は止まらない。
地下水路そのものを利用するように、
大量の黒水を操っていた。
アルが歯を食いしばる。
(流れが……読めない)
水。
本来なら、
もっと自然に動くはずだ。
だが。
目の前の濁流は違う。
淀み。
停滞。
無理矢理捻じ曲げられた流れ。
まるで。
水そのものが苦しんでいるようだった。
その時だった。
「――アクア・エンチャント」
碧い光が地下水路を照らした。
優しい水流。
静かな波紋。
ミレーナの加護が、
仲間達を包み込む。
荒れていた魔力が、
少しずつ整っていく。
アルが目を見開いた。
その感覚に。
覚えがあった。
⸻
数年前。
王都クロマレス。
学園中庭。
夕暮れ。
噴水の水音が、
静かに響いていた。
レオンが石畳へ腰掛ける。
「なぁミレーナ先輩」
「巫女って、
実際どんな存在なんですか?」
ミレーナが目を瞬かせる。
「急ですね」
レオンが笑った。
「だって、
先輩達みんな“特別”扱いされてるだろ?」
「でも実際、
何してるのか分かんなくてさ」
ミレーナは少し考え込む。
夕陽が水面へ反射していた。
やがて。
静かに口を開く。
「……国を支える存在、
だと思います」
「神託を受けて」
「人々の流れを見守る」
レオンが首を傾げる。
「流れ?」
ミレーナが小さく頷いた。
「人の心」
「国の空気」
「争い」
「恐怖」
「そういう目に見えないものも、
流れだと教わりました」
レオンが「へぇ」と呟く。
ミレーナは続けた。
「水巫女は特に、
調和を重視するそうです」
「流れを整え」
「人々を繋ぎ」
「争いを鎮める」
「そういう役目だと」
静かな風が吹く。
噴水の水面が揺れた。
レオンが笑う。
「なんか、
ミレーナ先輩っぽいな」
ミレーナが目を瞬かせた。
「……私、ですか?」
「あぁ」
レオンは気楽に続ける。
「無理矢理引っ張る感じじゃなくてさ」
「気付いたら、
周りまとめてる感じ」
ミレーナが少し視線を逸らす。
「……変な感想です」
レオンが笑った。
「褒めてるんだけどなぁ」
その時だった。
遠くから鐘の音が響く。
夕暮れを告げる鐘。
レオンが立ち上がる。
「そろそろ戻りますか、先輩」
ミレーナが少し困ったように笑う。
「今更そこで敬語なんですか?」
「一応後輩なんで」
レオンが笑いながら歩き出す。
ミレーナも静かに立ち上がった。
だが。
歩き出した直後。
レオンがふと空を見る。
「でもさ」
「ミレーナ先輩なら、
ちゃんと水巫女になれると思う」
ミレーナが足を止める。
レオンは笑ったまま続けた。
「なんとなくだけど」
「そういう流れ、
持ってる気がする」
夕陽。
水音。
静かな風。
その光景が、
ミレーナの脳裏へ蘇る。
⸻
地下水路。
碧い加護が揺れていた。
ミレーナが静かに目を開く。
アルは前を見る。
濁流。
淀み。
だが。
加護の中では、
水の流れがはっきり分かった。
(……整ってる)
自然と身体が動く。
アルが踏み込む。
「――竜閃
(ドラゴングリント)!」
碧い残光。
一閃。
今度は。
水流が剣へ完全に沿った。
濁流塊の腕を切り裂く。
黒水が飛び散った。
中級コラプトが咆哮する。
だが。
アルは止まらない。
「アクアショット!」
碧い水弾。
連続射出。
濁流内部を撃ち抜く。
レイオスが目を見開く。
「……もう使いこなしてやがる!?」
ミレーナも驚いていた。
だが。
その表情は、
どこか嬉しそうだった。
クウが肩の上で跳ねる。
「きゅぅ!」
その時。
濁流塊の奥。
巨大水門が、
ゆっくりと開き始める。
黒い濁流が、
その隙間から溢れ出していた。
地下深部。
さらに濃い淀みが、
その先に存在していた。




