第3章・第2話 沈む航路
「また沈んだってどういうことだ!!」
怒号がギルド内へ響く。
ロビーの空気が張り詰めた。
アルは反射的に視線を向ける。
奥の通路から、
海兵服姿の男が飛び出してくる。
「三日で四隻だぞ!?
これ以上どうしろってんだ!!」
「落ち着け!」
職員達が慌てて止める。
しかし男は怒鳴り続けた。
「夜間航路が止まりかけてんだ!!
物流全部止まるぞ!!」
周囲がざわつく。
だが。
誰も驚いていない。
それが逆に異常だった。
アルは眉を寄せる。
「……沈んだ?」
『キュ……』
クウも不安そうに鳴く。
その時。
ナリアが戻ってきた。
「アルトゥス様」
先程より表情が硬い。
「ギルド長がお会いになります」
アルは小さく頷いた。
「お願いします」
⸻
ギルド奥部。
騒がしいロビーとは違い、
ここは静かだった。
水路を流れる音だけが響く。
案内された先は、
巨大な海窓を備えた執務室。
碧い海が広がっている。
だがその景色は、
どこか冷たかった。
「失礼します」
ナリアが扉を開ける。
中にいたのは、
長身の男だった。
海色の長髪。
鋭い碧の瞳。
静かな空気を纏っている。
しかし。
その視線だけは鋭かった。
男はまず、
机の上に置かれた封書を見る。
白銀の封蝋。
無色神殿の紋章。
その後、
改めてアルへ視線を向けた。
「……なるほど」
低い声が響く。
「セリーナ様が言っていた旅人か」
アルは自然と警戒を強める。
男は静かに立ち上がった。
「アクアリオン海国ギルド長」
「セドリック・マレウスだ」
「アルトゥス・リンベルです」
短い自己紹介。
セドリックは海窓へ目を向ける。
「話は聞いている」
「各国を巡っているそうだな」
「はい」
セドリックは静かに息を吐いた。
「なら、
この国の異常も感じているはずだ」
アルは頷く。
「街全体が張り詰めています」
「ああ」
セドリックは低く答えた。
「今、
この国では船が沈んでいる」
部屋の空気が重くなる。
「最初は嵐だと思われた」
「次は海流事故」
「だが違った」
セドリックは机の上へ資料を置く。
破損した船材。
裂けた鋼索。
そして。
白く濁った巨大な鱗。
まるで色が抜け落ちたようだった。
アルの表情が変わる。
「……コラプト」
セドリックは頷く。
「現時点では、
コラプト化したフィッシュ系生物による襲撃と見られている」
「属性は不明」
「種類も特定できていない」
「海中から船底を破壊し、
船ごと沈める」
『キュ……』
クウが小さく震える。
セドリックは続けた。
「問題は、
発生海域が偏っていることだ」
「同じ海域ばかりで船が沈む」
アルは資料を見る。
船底破壊。
巨大な裂傷。
食い千切られた木材。
そして。
海図に記された赤い印。
「……沈降域」
アルが小さく呟く。
セドリックの目が細くなる。
「そう呼ばれ始めている」
「近付いた船だけが沈む」
「だが、
海流が複雑すぎて正確な位置が掴めない」
部屋が静まり返る。
水音だけが響く。
その時。
クウが突然、
海窓の外を見た。
『……キュ』
アルも視線を向ける。
遠く。
海面がわずかに揺れた。
何か巨大なものが、
深海へ潜ったように。
ほんの一瞬だけ。
セドリックが低く呟く。
「……港の近くまで来ているのか」
その声には、
隠しきれない焦りが滲んでいた。




