第3章・第1話 碧海国家アクアリオン
潮風が頬を撫でる。
アルは高台から、
巨大な海洋国家を見下ろしていた。
「……これが」
静かな声が漏れる。
「アクアリオン海国……」
視界いっぱいに広がる蒼。
巨大な水路。
海上都市。
白い橋。
流れる船。
建物の間を縫うように、
無数の水路が張り巡らされている。
まるで国そのものが、
巨大な循環機構だった。
『キュ〜……』
肩の上のクウが目を輝かせる。
ドラゴニスとは全く違う。
炎の国が熱と力なら。
この国は、
流れと循環。
人も。
物も。
情報も。
全てが絶えず流れ続けていた。
アルは石階段を降り、
海国へ足を踏み入れる。
⸻
街は賑わっていた。
魚市場。
水上商店。
海運施設。
水路整備区。
商人達の声が飛び交う。
「東水路開放ー!」
「積荷急げー!」
「第三船団入港!」
活気はある。
だが。
「……」
アルは小さく眉を寄せた。
違和感。
人々の表情が暗い。
誰もが疲れている。
笑っていても、
どこか余裕がない。
まるで、
何かに追われているようだった。
『キュ?』
クウも不安そうに周囲を見る。
アルは水路脇を歩きながら、
静かに呟く。
「なんか……変だな」
その瞬間。
潮風が強く吹いた。
視界の端で、
白い布が揺れる。
アルは反射的に振り向く。
だが。
誰もいない。
「……?」
ほんの一瞬だけ。
セリーナの後ろ姿が見えた気がした。
『キュ〜?』
「……気のせいか」
アルは小さく息を吐き、
再び歩き出す。
胸の奥に、
妙なざわつきだけが残った。
⸻
しばらく進むと、
巨大な建物が見えてきた。
碧い波紋の紋章。
水路中心部に建てられた巨大施設。
アクアリオン海国ギルド。
「ここか」
アルは立ち止まり、
懐へ手を入れる。
取り出したのは、
白銀の封蝋が押された封書。
無色神殿の紋章。
セリーナから預かったものだった。
『キュ!』
「行くぞ」
アルは扉を押し開けた。
⸻
ギルド内部は広かった。
高い天井。
碧い水晶灯。
床を流れる透明な水路。
冒険者。
船乗り。
交易商。
様々な人々が行き交っている。
だが。
ここにも、
重い空気があった。
アルは受付へ向かう。
そこには、
青銀色の髪を束ねた女性が立っていた。
穏やかな笑み。
深海のような青い瞳。
「ようこそ、アクアリオン海国ギルドへ」
女性は丁寧に頭を下げる。
「受付担当、ナリア・シェルです」
アルも軽く会釈した。
「アルトゥス・リンベルです」
ナリアの目が一瞬だけ揺れる。
だが、
すぐに営業用の微笑みに戻った。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
アルは封書を取り出した。
「セリーナ様から、
アクアリオンのギルド長宛の封書です」
ナリアの表情が変わる。
視線が、
無色神殿の封蝋へ落ちた。
「……無色巫女様から?」
小さな呟き。
彼女は慎重に封書を受け取る。
だが。
その指先は、
わずかに震えていた。
アルは目を細める。
「何かあったんですか?」
ナリアは一瞬だけ黙る。
周囲を確認し、
小さく微笑んだ。
「……少々、お待ちください」
「ギルド長へ確認を取って参ります」
そう言って、
奥の通路へ消えていく。
アルはロビーを見渡した。
その時だった。
奥から怒鳴り声が響く。
「また消えたってどういうことだ!!」
ギルド内がざわつく。
だが。
誰も驚いていない。
まるで、
既に慣れているようだった。
アルの表情が僅かに変わる。
「……消えた?」
潮の香りが、
急に冷たく感じた。




