第2章・第13話 歪みの残滓
中枢を離れても、熱は体に残っていた。
崩れた通路を戻る。
さっきまでの戦闘が嘘のように、静かだった。
アルは足元を見る。
砕けた鱗の欠片。
焼けた床。
歪んだ導管。
(……三体)
確かに倒した。
それでも——
胸の奥に、引っかかるものが残る。
フレアは何も言わずに歩く。
カイエンは後方を警戒している。
沈黙が続く。
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階段の手前で、フレアが足を止める。
「……どう思う」
短い問い。
アルは一瞬迷う。
「……数は、合ってます」
一拍。
「でも……三体だけじゃ、足りない気がします」
フレアがわずかに視線を向ける。
アルは続ける。
「この被害、三体で起きたとは思えません」
言い切ったあと、少しだけ息を整える。
フレアが小さく吐く。
「同じだ」
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カイエンが静かに言う。
「施設の破壊規模と、個体数が一致していません」
カイエンの視線が通路をなぞる。
「上層、竜舎、各導管。損壊範囲が広すぎます」
フレアが低く言う。
「……やり過ぎだな」
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(……三体じゃない)
(じゃあ、何がやった)
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フレアが階段を見上げる。
「上、確認するぞ」
カイエンが即座に言う。
「崩落の危険があります」
「分かってる」
短く。
「だから今だ」
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三人は階段を上がる。
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二階。
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空気が変わる。
熱ではない。
別の違和感。
アルの足が止まる。
「……違う」
フレアも気づく。
「……ああ」
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崩れている。
だが——
壊れ方が揃っている。
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壁。床。柱。
すべてが同じ方向に削られている。
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アルが言う。
「……叩きつけてない」
フレアが答える。
「削ってる」
カイエンが補足する。
「一点ではなく、面で処理されています」
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(……壊したんじゃない)
(削った)
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背筋が冷える。
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カイエンがしゃがみ、床に手をかざす。
空気がわずかに揺れる。
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「……残っています」
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アルの心臓が跳ねる。
「……まだ、いるんですか」
カイエンは首を振る。
「いえ」
一拍。
「……歪みです」
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フレアが低く言う。
「……どこだ」
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カイエンが視線を向ける。
奥。
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「……あそこです」
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三人は進む。
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奥の区画。
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そこだけ、空気が違う。
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歪みが濃い。
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視界がわずかに揺れる。
音が遅れる。
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アルの呼吸が浅くなる。
(……ここ)
(さっきのとは違う)
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フレアが止まる。
「……出てこい」
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沈黙。
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何もいない。
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だが——“在る”。
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形はない。
色もない。
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ただ、歪みだけが存在している。
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アルの思考に、何かが触れる。
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——近い
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息が詰まる。
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——足りない
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胸の奥がざわつく。
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——違う
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何を否定されているのか分からない。
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だが、確実に“見られている”。
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次の瞬間、世界が戻る。
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アルが息を飲む。
「……っ」
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フレアが眉をひそめる。
「……変だな」
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カイエンが周囲を見渡す。
「……反応が変化しています」
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アルはまだ視線を動かせない。
(……あれは敵だ)
(でも——理解できない)
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その時。
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奥の崩れた壁の向こう。
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一瞬、人影が揺れる。
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消える。
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フレアが低く言う。
「……いたな」
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カイエンが続ける。
「この施設に侵入した人物でしょう」
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アルが息を飲む。
「……何を狙ってるんですか」
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一拍。
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フレアが吐く。
「……祠に手を出して失敗した」
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沈黙。
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カイエンが静かに言う。
「……なら次は」
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わずかに視線を向ける。
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「フレア様が狙いかと」
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空気が張り詰める。
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フレアが鼻で笑う。
「……来るなら来い」
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歪みが、わずかに揺れる。
何も形は取らない。
だが——確かに在る。
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アルが剣を握る。
(……終わってない)
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胸の奥に残る確信。
(……あれは敵だ)
(でも——理解できない)




