第2章・第12話 燃え残る中枢
階段を上がるにつれて、空気が変わっていく。
熱が強い。
焦げた匂いが喉に残る。
どこかで金属が軋む音が続いている。
アルは一瞬だけ足を緩める。
(……重い)
地下とは違う。
空気そのものが張り付くように重い。
フレアが振り返らずに言う。
「止まるな」
アルは息を整え、続く。
階段を抜ける。
1階。
視界が開ける。
だが——静かだった。
崩れている。
焼けている。
壁は抉れ、導管は裂け、床には深い爪痕が残っている。
それでも、動くものがない。
フレアが低く言う。
「……妙だな」
カイエンが周囲を見渡す。
「気配がありません」
アルは床の痕を追う。
削れた断面はまだ新しい。
(……さっきまで、いた)
フレアが前へ出る。
「散るな」
三人は距離を保ったまま進む。
崩れた通路を抜ける。
導管の炎が不規則に明滅し、空気が歪む。
カイエンが言う。
「この先が中枢区画です。ワイバーンの収容区も兼ねています」
フレアが短く頷く。
「……3体」
アルの胸の奥がわずかに重くなる。
⸻
中枢区画に入る。
広い空間だった。
鉄骨は歪み、床は裂け、導管から熱が漏れている。
赤い光が揺らぎ、視界がかすかに歪む。
その奥で——動いた。
フレアが止まる。
「……いるな」
影がこちらへ向き直る。
ワイバーン。
だが、異常だった。
鱗の色が抜けている。
輪郭が揺れ、位置が一瞬ごとにズレる。
存在が定まらない。
カイエンが低く言う。
「……侵食が進行しています」
咆哮。
熱が弾ける。
フレアが前へ出る。
「来るぞ」
突進。
アルが踏み込む。
剣を振る。
当たる——はずが、ズレる。
(……合わない)
爪が迫る。
「——下がれ!」
炎の防御が展開される。
衝撃。
音と動きが噛み合わない。
フレアが拳を叩き込む。
わずかに外れる。
「……ズレてやがる」
ワイバーンが炎を吐く。
広がる。
アルは距離を取る。
(……できるはずだ)
右手に意識を集中させる。
印に触れた時の、あの熱。
「……フレイムボール」
掌に火が灯る。
一瞬、揺れる。
(……出た)
振り抜く。
火球が放たれる。
ワイバーンに当たる。
だが——弾かれる。
(浅い)
威力が足りない。
だが、その瞬間。
輪郭のズレが、わずかに揺れる。
「——今だ!」
フレアが踏み込む。
拳。
直撃。
核が揺れる。
一体が崩れる。
⸻
残り二体。
同時に動く。
一体は正面。
もう一体は視界の外。
フレアが受ける。
アルが崩す。
だが、ズレる。
当たらない。
カイエンが前に出る。
「エリア!」
炎が広がる。
空間を覆う防御。
動きを制限する。
アルは目を閉じる。
見るな。
感じろ。
熱。
歪み。
ズレ。
来る。
踏み込む。
剣を振る。
当たる。
「——そこだ!」
フレアの拳が重なる。
核が砕ける。
二体目が崩れる。
⸻
最後の一体。
ゆっくりと立ち上がる。
鱗の色はほとんど消え、輪郭が崩れている。
存在そのものが揺れている。
カイエンが言う。
「……侵食が進んでいます」
アルが剣を握る。
(……読めない)
フレアが言う。
「一気に行く」
ワイバーンが動く。
遅い。
次の瞬間、目前。
アルが踏み込む。
ズレを読む。
そこにいる。
振る。
当たる。
だが——抜ける。
カイエンが叫ぶ。
「固定します!」
炎が一点に収束する。
空間を縛る。
ズレが止まる。
一瞬。
「アル!」
踏み込む。
剣を振る。
核に届く。
フレアの拳が重なる。
砕ける。
最後の一体が崩れる。
⸻
静寂。
熱だけが残る。
アルは剣を下ろす。
呼吸が荒い。
フレアが一瞬だけ視線を向ける。
「……使えるようになったか」
アルが息を整える。
「……はい」
(……使えた)
(ちゃんと)
カイエンが周囲を見渡す。
空気の揺れを読むように、わずかに目を細める。
「……魔力反応、消えています」
沈黙。
アルは崩れた中枢を見る。
(……全部、ここにいた)
だが——
胸の奥に違和感が残る。
(……これで終わりか?)
フレアが言う。
「戻るぞ」
アルは頷く。
それでも、その違和感だけは消えなかった。




