第1章・第13話 見送る背中
朝。
王都の空気は、まだ静かだった。
人通りも少ない。
光が、ゆっくりと街を照らしていく。
「……」
アルトゥスは立っている。
神殿へ続く道の前。
セリーナが、その少し先にいる。
クウが、ぴょんと跳ねる。
変わらない。
だが。
空気は少しだけ違う。
「……ここまでで大丈夫です」
セリーナが言う。
振り返る。
「見送りは不要です」
いつも通りの声。
変わらない調子。
アルトゥスは小さく頷く。
「……そうですか」
短く返す。
それでいい。
余計な言葉はいらない。
少しだけ、間が空く。
朝の光が差し込む。
「……気をつけてください」
アルトゥスが言う。
セリーナはわずかに目を細める。
「そちらこそ」
静かな返答。
「無理はしないでください」
アルトゥスは苦笑する。
「……努力します」
短いやり取り。
いつも通り。
だからこそ、重くならない。
セリーナは視線を少しだけ上げる。
神殿の方向へ。
――そして。
一歩、踏み出しかけて。
止まる。
「……これを」
小さな首飾りを差し出す。
「……?」
アルトゥスは受け取る。
装飾は簡素だ。
だが、どこか普通ではない。
「神殿へ来ることがあれば、見せてください」
セリーナが言う。
アルトゥスは少しだけ首を傾げる。
「……それだけでいいんですか」
「はい」
短く答える。
それ以上は言わない。
アルトゥスは首飾りを見る。
「……分かりました」
軽く頷く。
深くは考えない。
だが――
確かに受け取った。
クウが、ぴょんと跳ねる。
セリーナの方へ行きかけて――
止まる。
そして。
アルトゥスの足元へ戻る。
「……」
セリーナがそれを見る。
ほんの一瞬。
表情が緩む。
「……その子は、あなたのものですね」
アルトゥスはクウを見る。
「……みたいですね」
少しだけ笑う。
セリーナも、わずかに頷く。
「大切にしてください」
短く言う。
「はい」
アルトゥスは答える。
それで、十分だった。
セリーナは向き直る。
そのまま、歩き出す。
止まらない。
振り返らない。
その背中を、アルトゥスは見る。
「……」
呼び止めない。
必要ない。
やることは決まっている。
それは、お互いに同じだ。
セリーナの姿が、少しずつ遠くなる。
やがて、人の流れの中へ消えていく。
完全に見えなくなるまで。
アルトゥスは、その場に立っていた。
「……」
小さく息を吐く。
静けさが戻る。
クウが、ぴょんと跳ねる。
足元で。
変わらない。
「……行くか」
アルトゥスが言う。
誰に言うでもなく。
それでも、はっきりと。
視線を上げる。
前を見る。
その一歩を、踏み出す。
昨日までとは違う。
だが――
まだ、始まったばかりだ。




