序章・第14話 成人の義
その日は、特別だった。
学園全体が、静かに張り詰めている。
笑い声はある。
会話もある。
だが――
誰もが分かっている。
今日は、“人生が決まる日”だと。
十五歳。
成人の義。
人はこの日。
すべてを失い、
ただ一つを残す。
それが、この世界の理。
アルは列の中にいた。
周囲の生徒たちは緊張している。
祈る者、震える者、興奮する者。
だがアルは――
「……」
静かだった。
怖くないわけではない。
だが。
周囲とは違う。
皆は、“失うこと”を恐れている。
だがアルは――
何を失うのか、分からなかった。
それどころか。
“最初から何も欠けていない”。
そんな感覚がある。
理由は分からない。
だが確かに。
自分は、他と違う。
大広間の扉が開く。
中央の儀式台。
その奥に立つのは――
ヒューマニア王国の巫女。
セリーナ。
白と金の装束。
神聖さを纏う存在。
だがアルにとっては。
兄の同級生。
そして。
少しだけ、遠くなった人。
静寂が落ちる。
「これより、成人の義を執り行います」
澄んだ声が響く。
「あなたたちはここで選ばれます」
「そして――手放します」
誰もが知る言葉。
「前へ」
一人目が呼ばれる。
リングに触れる。
――紅の光。
炎。
熱が一瞬、空気を揺らす。
歓声が上がる。
次。
碧。水のように揺らめく光。
翠。風のように流れる光。
褐。重く沈む光。
蒼。冷たく澄んだ光。
黄。鋭く走る光。
緑。やわらかく満ちる光。
橙。砂のように舞う光。
紫。静かに侵食する光。
桃。揺らぐ幻の光。
白。まっすぐ差す光。
黒。すべてを飲み込む光。
一人、一色。
それが当たり前。
アルはそれを見ていた。
ただ、静かに。
そして。
「――アルトゥス・リンベル」
名前が呼ばれる。
その瞬間。
わずかに。
空気が張り詰めた。
理由は分からない。
だが確かに。
何かが“反応した”。
アルトゥスは一歩前へ出る。
視線が集まる。
台に上がる。
セリーナの前に立つ。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
セリーナの瞳が揺れた。
――気づいている。
何かに。
「手を」
アルトゥスはリングに触れる。
――その瞬間。
紅の光が弾ける。
「……!」
すぐに消える。
続いて――
碧。
翠。
褐。
蒼。
黄。
緑。
橙。
紫。
桃。
白。
黒。
色が。
一つずつ。
順番に現れては消える。
ざわめきが広がる。
「全部……?」
「おい、今……」
誰も理解できない。
そして最後に。
すべての色が、重なる。
混ざらない。
打ち消されない。
ただ――同時に存在する。
その結果。
“色が消えたように見える”。
透明。
だが違う。
そこには確かに。
“すべて”がある。
リングの形が変わる。
刻まれる紋章。
――スライム。
「スライム……?」
困惑の声が広がる。
最弱種。
そんな認識しかない。
だがアルトゥスは。
そのリングを見つめる。
軽い。
だが。
底がない。
「……」
その時。
セリーナがわずかに近づく。
誰にも聞こえない声で。
アルトゥスにだけ。
「……あなたは」
そして。
「――無色」
アルトゥスはわずかに目を見開く。
意味は分からない。
だが。
その言葉は、理解できた。
理屈ではなく。
感覚で。
セリーナはすぐに離れる。
何事もなかったように。
「……以上で、成人の義は終了です」
儀式は終わる。
だが。
ざわめきは収まらない。
「全部出たよな……?」
「無色って何だ……?」
「スライムって……」
アルトゥスはそれを聞き流す。
手の中のリングを見る。
色はない。
だが。
すべてがある。
そして。
自分の中で。
はっきりと分かる。
欠けていない。
最初から。
“そうだった”。
「……なんだよ、これ」
小さく呟く。
その時。
セリーナがアルトゥスを見ていた。
静かに。
確信を持って。
そして――
わずかに頷く。
それは祝福ではない。
理解。
そして。
“始まりを知る者の視線”。
誰も知らないまま。
アルトゥス・リンベルの運命は、
静かに動き出していた。




