序章・第15話 夜の神託
夜だった。
成人の義が終わり。
学園は、静かな眠りに包まれている。
だが――
アルトゥス・リンベルは、眠れなかった。
「……無色」
あの言葉。
セリーナが、あの一瞬だけ告げた言葉。
意味は分からない。
だが。
あれは、ただの言葉じゃない。
“知っている者の言葉”だった。
アルトゥスはベッドから起き上がる。
窓の外。
夜空。
星が静かに瞬いている。
「……」
胸の奥が落ち着かない。
不安ではない。
恐怖でもない。
もっと曖昧で――
だが確かに、
“何かが近づいている”感覚。
その時だった。
――音が消える
風が止まる。
世界が、わずかに遠くなる。
「……?」
違和感。
だが。
それと同時に、
どこか懐かしい感覚があった。
次の瞬間。
視界が白に染まる。
そこには、何もない。
上下も、奥行きもない。
ただ――
白。
そして。
“何かがいる”。
姿は見えない。
だが。
確実に分かる。
そこに存在していると。
「……誰だ」
問いかける。
声は、吸い込まれるように消える。
だが。
返答は届いた。
言葉ではなく。
直接、理解として。
『――我は創造の系譜』
アルトゥスの心臓が、強く鳴る。
意味は分からない。
だが。
否定できない。
それは命令ではない。
もっと根源的な“認識”。
『――汝に託す』
光が、一点に集まる。
そして。
その中心から、
小さな存在が現れる。
透明に近い体。
柔らかく揺れる輪郭。
スライム。
だが――
それは、生き物というより。
“純粋な存在”だった。
不自然さはない。
異物でもない。
むしろ。
最初からそこにあるべきもののように、
静かに存在している。
アルトゥスは、無意識に手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
――繋がる
言葉ではない。
だが確実な理解。
「……」
スライムが、ぴょんと跳ねる。
応えるように。
寄り添うように。
『――名を与えよ』
声が届く。
アルトゥスは、わずかに考える。
だが。
すぐに口から言葉が出た。
「……クウ」
理由は分からない。
だが。
それが正しいと、分かる。
クウが、小さく震える。
『――契約成立』
その瞬間。
何かが、確定する。
逃れられない。
だが。
不思議と拒む気は起きなかった。
『――時は満ちる』
『――いずれ導かれる』
それ以上の言葉はない。
意味も、説明もない。
ただ。
“未来だけ”が残される。
そして。
白が消える。
気づけば。
アルトゥスは自室に立っていた。
夜は変わらない。
静かなまま。
夢ではない。
それだけは確信できる。
視線を落とす。
そこに――
クウがいる。
ぴょん、と小さく跳ねる。
アルトゥスの足元へ。
「……お前」
しゃがみ込む。
クウを見る。
さっきまでの感覚が、まだ残っている。
「……なんなんだよ、本当に」
クウは答えない。
ただ。
静かに寄り添う。
それだけで。
十分だった。
アルトゥスは立ち上がる。
窓の外を見る。
夜空。
変わらない景色。
だが。
確実に何かが変わった。
自分の中で。
世界のどこかで。
まだ分からない。
だが――
これは“始まり”だ。
「……行くことになるんだろうな」
誰に言うでもなく呟く。
クウが、ぴょんと跳ねる。
それはまるで、
未来を肯定するようだった。
アルトゥス・リンベルはまだ知らない。
この出会いが、
世界の均衡そのものに関わることを。
そして――
自分が、その中心にいることを。




