序章・第12話 失踪
朝だった。
村は、いつもと変わらない。
静かで。
穏やかで。
何も起きていないように見えた。
だが――
「レオン、見なかったか?」
最初に気づいたのは、家族だった。
朝になっても、戻っていない。
夜のうちに帰るはずだった。
少し遅くなることはあっても、必ず帰ってくる。
それが、レオンだった。
「……まだ帰ってないのか?」
村人の一人が眉をひそめる。
「昨日、祠の方に行くの見たぞ」
その一言で、空気が変わる。
祠。
あそこは――
“立ち入り禁止”。
誰もが知っている場所。
理由は曖昧でも、“行ってはいけない”場所だと理解している。
「……まさか」
嫌な予感が、広がる。
だが、それを否定するように。
「いや、レオンだぞ? すぐ戻るだろ」
そう言う者もいる。
強い。
優しい。
村の中でも、特別な存在。
そんな少年が、どうにかなるはずがない。
そう思いたかった。
だが。
時間が過ぎる。
昼になっても、戻らない。
夕方になっても、戻らない。
そして――
探すことになった。
祠の前。
複数の村人が集まる。
普段は近づかない場所。
それでも、今回は別だ。
「……行くぞ」
誰かが言う。
躊躇いはある。
だが、それ以上に。
放っておけない。
中へ入る。
空気が、重い。
いつもと違う。
それだけで分かる。
「……レオン!」
声を張る。
だが、返事はない。
奥へ進む。
一歩ずつ。
慎重に。
そして――
「……ここ、だよな」
最奥。
封印の台座がある場所。
幼い頃、子供たちが近づいて叱られた場所。
そこに。
レオンの姿は――
なかった。
「……いない」
誰かが呟く。
その一言が、重く落ちる。
「……外に出たのか?」
振り返る。
だが、全員首を横に振る。
見ていない。
入る姿は見た。
だが、出る姿は誰も見ていない。
「……そんな、馬鹿な」
あり得ない。
ここは一本道だ。
入ったなら、出るしかない。
それなのに――
いない。
「……っ」
嫌な予感が、現実になる。
誰も言葉にしない。
言いたくない。
だが、全員が同じことを考えている。
消えた。
ここで。
祠の中で。
「……一度、外に出るぞ」
冷静な声が響く。
パニックになる前に。
状況を整理する。
外へ出る。
空気が軽い。
だが、それが逆に現実を突きつける。
「……どうする」
「……もう一度、探す」
「周囲もだ。山の方も見ろ」
指示が飛ぶ。
村中が動き出す。
人を増やし。
範囲を広げる。
だが――
見つからない。
どこにも。
痕跡すらない。
足跡も。
衣服も。
何も。
まるで最初から“存在していなかった”かのように。
日が落ちる。
夜になる。
それでも、探し続ける。
松明の光が揺れる。
名前を呼ぶ声が、何度も響く。
「レオン!」
「返事しろ!」
だが――
返ってこない。
何も。
ただ、静寂だけが広がる。
そして。
次の日。
さらにその次の日。
何日探しても。
結果は、同じだった。
――見つからない。
結論が、出る。
誰も口にしたくなかった言葉。
それでも。
言わなければならない。
「……失踪、だな」
重く。
静かに。
その言葉が落ちる。
誰も反論しない。
できない。
それが、現実だから。
英雄候補。
村の誇り。
誰よりも強く、優しかった少年。
レオンは――
消えた。
何も残さず。
理由も分からず。
ただ。
いなくなった。
村に、静かな空白が残る。
日常は続く。
だが。
何かが欠けたまま。
埋まらないまま。
そして。
誰も知らない。
その“奥”で。
まだ終わっていないことを。
誰も知らない。
レオンが。
生きていることを。
ただ。
動けず。
声も出せず。
意識だけを残して。
そこに在り続けていることを。
誰にも届かない場所で。
ただ一人。
閉じ込められていることを。
――来るな
その願いだけを、残して。
物語は、次へ進む。




