序章・第11話 器
――動かない。
何も。
レオンは、そこに在った。
浮いているのか、立っているのか。
それすら分からない。
ただ、“固定されている”。
空間の中心に。
見えない何かに拘束されて。
「……」
声は出ない。
いや、出しているのかもしれない。
だが、届かない。
外にも。
自分にも。
時間の感覚が、ない。
どれくらい経ったのか。
一瞬なのか。
何日も経っているのか。
判断できない。
思考だけが、ある。
それだけが唯一の“自分”。
――維持
また、それだ。
言葉ではない。
意味だけが流れ込んでくる。
自分の意思とは無関係に。
理解させられる。
“保たれている”。
自分は。
「……ざけんな」
言ったつもりだった。
だが、やはり聞こえない。
ただ、そう思ったことだけが分かる。
身体の感覚が、ない。
手も。
足も。
胸も。
鼓動すら、感じない。
それでも――
“生きている”。
それだけは分かる。
終わっていない。
終われない。
――器
その言葉が、また流れ込む。
レオンの意識が、わずかに揺れる。
「……誰が」
自分の意思で言う。
今度は、少しだけ。
“返ってくる”。
遅れて。
歪んで。
だが確かに、自分の言葉として。
「……器なんかに……なるかよ……」
否定する。
だが。
否定した瞬間。
違和感が走る。
自分の意思と、自分の身体が繋がっていない。
命令しても、何も起きない。
それどころか。
“拒否する力”すら弱い。
まるで、意思だけが残された抜け殻。
それが今の自分だと、理解してしまう。
「……くそ……」
思考が鈍る。
いや、違う。
削られている。
少しずつ。
確実に。
何かが、侵食してくる。
――安定
また、その言葉。
今度は、少し違う。
自分の中に“混ざる”。
自分の思考と、外からの意思が。
境界が曖昧になる。
「……やめろ……」
必死に、抵抗する。
自分を思い出す。
自分は誰だ。
レオン。
村の人間。
兄。
守る側の人間。
それだけは――
それだけは、失えない。
その時だった。
視界に、何かが映る。
色はない。
だが、形は分かる。
人影。
複数。
「……誰だ」
問いかける。
返事はない。
だが、それらは確かに存在している。
そして――
“消える”。
何もなかったかのように。
「……っ」
今のは。
幻か。
記憶か。
それとも――
同じように“ここにいる何か”か。
考えた瞬間。
理解してしまう。
これは、観測だ。
ここにあるもの。
ここに来たもの。
その全てが、記録されている。
そして。
自分も、その一つになる。
「……ふざけるな……」
怒りが、浮かぶ。
だが、その怒りも長くは続かない。
すぐに薄れる。
感情が、削られていく。
その代わりに。
静かなものが、広がる。
何も感じない。
何も考えない。
ただ在るだけ。
それが、楽だと――
「……違う!」
思考を叩きつける。
それは違う。
それは自分じゃない。
そんなものに、なるわけにはいかない。
必死に、意識を掴む。
その時。
浮かんだのは。
顔だった。
アル。
あいつは、まだ知らない。
ここで何が起きているのか。
もし、来たら――
「……来るな」
強く思う。
それだけは。
ここに来てはいけない。
これは。
助けられるものじゃない。
助ける側が、取り込まれる。
そういう場所だ。
そして。
もう一つの顔。
セリーナ。
あいつなら、気づくかもしれない。
無色の違和感に。
だが――
「……来るな」
同じ言葉を、繰り返す。
来たら終わる。
これは。
“増える”。
器が。
それだけは、絶対にダメだ。
自分一人でいい。
ここに閉じ込められるのは。
それで止める。
止めなければならない。
その意思だけが、残る。
他の全てが削られても。
それだけは。
――固定完了
その言葉と共に。
レオンの意識が、さらに深く沈む。
完全には消えない。
だが、自由はない。
ただ。
見ているだけ。
感じるだけ。
何もできない存在として。
時間だけが、過ぎていく。
終わらないまま。
救いもなく。
ただ――在り続ける。




