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無色と十二の旅(アルとジュウニのシルシ)  作者: Matyu
第4章:翠色の空(アルのフライト)
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第4章・20話 風を継ぐもの

「……シルフィード……?」


その声は、王のものだった。


黒い響きは、もう混じっていない。


人の心を裂くような冷たさも。


全てを一つに縛ろうとする濁った意志も。


そこには、もうなかった。


シルフィードは息を呑む。


目の前にいるのは、オルニス鳥王国の王。


この国の空を守るべき人。


けれど、偽りの意志に侵され、王命によって国を傷つけた人でもあった。


王の瞳には、まだ焦点が定まっていない。


自分がどこにいるのか。


何が起きたのか。


その全てを、まだ掴みきれていないようだった。


「王。」


シルフィードは膝をついた。


震えそうになる声を、胸の奥で押さえる。


「シルフィードです。」


「あなたは、戻ってきました。」


王のまぶたが、わずかに震えた。


「戻って……。」


その言葉を繰り返すように呟いてから、王はゆっくりと周囲を見た。


傷ついた王の間。


亀裂の入った柱。


破れた旗。


床に残る戦いの跡。


そして、自分の前にいるシルフィード。


その横に立つハルト。


少し離れた場所でクウを抱いているアル。


王の表情が、少しずつ変わっていく。


ぼんやりとした混乱が、理解へ変わる。


理解が、恐怖へ変わる。


恐怖が、後悔へ変わる。


「私は……。」


王の声が掠れた。


「私は、何を……。」


言葉は途中で途切れた。


けれど、言い切れなかった先にあるものを、王自身が理解し始めていることは明らかだった。


天空観測統制域への命令。


通信と観測の混乱。


王都に広がった不安。


王城を覆った黒い風。


民の翼を奪うような、閉ざされた空。


それらが、断片となって王の中に戻っていく。


王の顔から血の気が引いた。


「空を……。」


「私は、この国の空を……。」


シルフィードは、王の手をそっと取った。


「今は、無理に全てを話さないでください。」


王は首を横に振ろうとした。


しかし、力が入らない。


「いや……。」


「言わねばならぬ。」


王の目に、深い後悔が浮かんだ。


「私は恐れていた。」


「空が乱れることを。」


「民が迷うことを。」


「王として、全てを正しく導けなくなることを。」


王の声は弱い。


だが、その一つ一つは、逃げずに絞り出された言葉だった。


「だから、一つにしようとした。」


「命令が一つなら、迷いは消えると思った。」


「風を揃えれば、国は守れると思った。」


「だが……。」


王は目を伏せる。


「私は、守ると言いながら、空を閉ざしていたのだな。」


シルフィードは頷いた。


優しく許すためではない。


突き放すためでもない。


事実として、受け止めるために。


「はい。」


その返事に、王の肩が震えた。


「許されるとは思わぬ。」


王は言った。


「王でありながら、国を傷つけた。」


「民を不安にさせた。」


「守るべき空を、閉ざそうとした。」


シルフィードは王の手を握ったまま、まっすぐに見た。


「王が戻ったことと、起きたことが消えることは違います。」


王は、目を閉じた。


その言葉を、受け止めるように。


「天空観測統制域は傷つきました。」


「王都も混乱しました。」


「兵も、民も、空も傷つきました。」


「だから、これから向き合っていただきます。」


シルフィードの声は震えていなかった。


巫女としての声だった。


「私も、風巫女として共に向き合います。」


「王だけに背負わせるためではありません。」


「けれど、王が向き合わずに済むようにするためでもありません。」


王は長く息を吐いた。


「逃げることも、許されぬのだな。」


「はい。」


シルフィードは答えた。


「逃げずに、取り戻しましょう。」


「この国の風を。」


王の目から、一筋の涙がこぼれた。


「……お前は、巫女になったのだな。」


シルフィードは一瞬だけ言葉を失った。


その言葉は、胸の深いところに触れた。


巫女候補だった頃の自分。


迷っていた自分。


王の前に立つ意味も、風を導く重さも、まだ知らなかった自分。


その自分を越えて、今ここに立っている。


シルフィードは静かに頷いた。


「はい。」


「私は、オルニス鳥王国の風巫女です。」


ハルトはその隣で、静かに頭を下げた。


アルもまた、その姿を見ていた。


王を救っただけでは終わらない。


救った後に、何を背負うのか。


この国は今、その入口に立っていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


王の間の扉が開いた。


兵士たちが駆け込んでくる。


「王!」


「巫女様!」


彼らは王の姿を見て、足を止めた。


黒い靄は消えている。


けれど、王は力なく座り込み、シルフィードに支えられている。


兵士たちの顔に戸惑いが浮かぶ。


剣を取るべきか。


跪くべきか。


命令を待つべきか。


その迷いを断つように、シルフィードが立ち上がった。


「王は戻りました。」


王の間に、その声が通る。


兵士たちは目を見開いた。


「戻った……。」


「はい。」


シルフィードは頷く。


「ただし、王はまだ安静が必要です。」


「神殿へ連絡してください。」


「治癒師と保護の準備を。」


「王城内の戦闘行動は停止。」


「王命による封鎖も、いったん停止します。」


兵士たちは一瞬、動けなかった。


ハルトが一歩前へ出る。


「巫女様の指示だ。」


その声は静かだったが、鋭かった。


「動け。」


兵士たちは姿勢を正す。


「はっ!」


シルフィードは続ける。


「王都への発表は、混乱を避けるため段階的に行います。」


「王城、神殿、ギルドで情報を確認してからです。」


「天空観測統制域へ連絡を。」


「観測機能と通信機能の状態を確認してください。」


「王国軍には、命令系統の整理を。」


「施設警備には、被害箇所の保全をお願いします。」


ハルトが補足する。


「正面門の警備は維持。」


「ただし、巫女様一行への敵対行動は禁止。」


「負傷者は神殿へ回せ。」


兵士たちは次々に動き出した。


止まっていた王城に、音が戻っていく。


足音。


扉の開く音。


伝令を呼ぶ声。


命令が、混乱を少しずつ形あるものへ変えていく。


シルフィードはアルへ振り返った。


「アルさん。」


「はい。」


「ギルドへの第一報をお願いします。」


「フェルドさんに、王は解放されたことを。」


「ただし、王都への発表はまだ待ってほしいと伝えてください。」


アルは頷いた。


「分かりました。」


クウも肩の上で鳴く。


『くぅ!』


「天空観測統制域には、エアリスさんへ。」


シルフィードは確認するように続ける。


「神殿側はルーナさん。」


「王国軍はレグルスさん。」


「施設警備はカイトさん。」


「それぞれに、会議で決めた役割の通り動いてもらいます。」


アルは頷いた。


「伝えます。」


ハルトはシルフィードを見る。


「あなたは王のそばに。」


「うん。」


シルフィードは短く答えた。


「ここからは、誰が何をするかを間違えない。」


ハルトは小さく頷く。


「それでこそ巫女です。」


「今それ言う?」


「今だからです。」


シルフィードは少しだけ息を吐いた。


「半分くらい褒めてる?」


「今回は、八割ほど。」


「珍しい。」


「状況が状況ですので。」


そのやり取りに、アルの口元が少し緩んだ。


緊張はまだ消えない。


けれど、王の間に人の温度が戻ってきた気がした。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


伝令は王城を駆け抜けた。


ギルドへ。


神殿へ。


天空観測統制域へ。


王国軍へ。


施設警備へ。


風に乗るように、知らせはそれぞれの場所へ届いていく。


最初に動いたのはフェルドだった。


王城からの伝令を受けた彼は、ギルドの大広間で大きく息を吐いた。


「王は戻ったか。」


周囲の冒険者たちがざわめく。


フェルドはすぐに表情を引き締めた。


「だが、浮かれるのは後だ。」


「王都への発表はまだ待つ。」


「今は怪我人の確認、避難中の住民への連絡、混乱している地区の巡回を優先する。」


ギルド職員たちが一斉に動き出す。


「西区の巡回班を増やせ。」


「王城からの正式発表があるまで、不確かな噂は流すな。」


「天空観測統制域への支援人員も出す。」


フェルドは窓の外を見た。


王城を覆っていた黒い気配が、少しずつ薄れている。


「やれやれ。」


小さく呟く。


「巫女様も、あの無色の坊主も、無茶をする。」


だが、その声には安堵が混じっていた。


神殿では、ルーナが治癒師たちを集めていた。


「王を受け入れる準備を。」


「強い干渉を受けていた可能性があります。」


「身体だけでなく、精神面の負担も考慮してください。」


神殿の者たちが頷く。


ルーナはさらに続ける。


「民への説明は、まだ急ぎません。」


「不安を煽らないよう、まずは安全確認を。」


「祈りの間を開放します。」


「不安な者が集まれる場所を用意してください。」


天空観測統制域では、エアリスが壊れた装置の前に立っていた。


通信機の一部は焦げ、観測盤にはまだ乱れが残っている。


それでも、王城からの連絡を受けた瞬間、彼女の表情は少しだけ緩んだ。


「王城の黒い反応、低下しています。」


周囲の職員が声を上げる。


「風流観測、少しずつ正常値へ戻っています!」


「西空域の乱れも縮小!」


エアリスは頷いた。


「記録を続けてください。」


「復旧班は通信機能を優先。」


「まだ終わったわけではありません。」


「でも、空は戻り始めています。」


王国軍では、レグルスが兵たちを集めていた。


「王命による封鎖は停止。」


「ただし、警備は維持する。」


「混乱に乗じた騒ぎを防げ。」


兵たちは緊張した面持ちで頷く。


レグルスは一人ひとりを見るように言った。


「今は、誰かを責めるために剣を抜く時ではない。」


「国を落ち着かせるために立て。」


「王が戻ったなら、なおさら我々が乱れるな。」


施設警備のカイトは、天空観測統制域周辺の被害箇所を確認していた。


「ここは封鎖。」


「破損した足場には誰も近づけるな。」


「予備の警備班を回せ。」


彼は空を見上げる。


先ほどまで重く淀んでいた雲が、少しずつ流れ始めていた。


「……風が戻ってきたか。」


カイトは短く息を吐いた。


「なら、こっちも戻すぞ。」


それぞれの場所で、人々が動き始める。


王城。


王都。


神殿。


ギルド。


天空観測統制域。


王国軍。


施設警備。


一つの命令で縛られていた場所に、それぞれの判断と役割が戻っていく。


それは、オルニス鳥王国の風が戻る音だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


王城の上空を覆っていた黒い風は、少しずつ薄れていった。


最初は、王の間の窓からだった。


閉じ込められていた空気が、外へ抜ける。


代わりに、夕暮れの風が入り込む。


それは強い風ではなかった。


けれど、確かに流れていた。


王都の人々は、空を見上げた。


重く沈んでいた雲が、ゆっくりと動き出す。


黒く濁っていた風の筋がほどけ、雲の切れ間から淡い光が差し込む。


誰かが、小さく呟いた。


「空が……。」


別の誰かが、窓を開ける。


風が街路を抜けた。


閉ざされていた空に、息が戻る。


完全に晴れたわけではない。


傷ついた施設もある。


混乱も残っている。


王への問いも、これから始まる。


それでも、空はもう閉じていなかった。


王城の窓辺で、シルフィードはその風を感じていた。


「戻ってきた……。」


小さな声だった。


ハルトが隣に立つ。


「完全ではありません。」


「うん。」


シルフィードは頷く。


「でも、戻り始めてる。」


「はい。」


少しの沈黙が落ちる。


戦いの熱が引いた今、残るのは疲れと、これから背負うものの重さだった。


シルフィードは窓の外を見たまま言う。


「大丈夫じゃないところもあるよ。」


ハルトは何も言わずに聞いていた。


「王を救えた。」


「でも、王がしたことは消えない。」


「王都も、施設も、傷ついた。」


「これから、たくさん向き合わなきゃいけない。」


「うん。」


シルフィードは自分の胸元に手を当てる。


「大丈夫じゃない。」


「でも、立てる。」


ハルトは静かに頷いた。


「なら、隣にいます。」


シルフィードは横を見る。


「ずっと?」


「必要な限り。」


「それ、すごく長くなるかもよ。」


「側近ですので。」


シルフィードは少し笑った。


「便利な言葉だね。」


「便利ではなく、役目です。」


その答えに、シルフィードは目を細めた。


学園時代の世話役側の少年ではない。


レオンに届かなかった過去の少年ではない。


今ここにいるのは、自分の隣に立つ側近だった。


「ありがとう、ハルト。」


ハルトは一瞬だけ目を逸らした。


「礼を言われることではありません。」


「そういうところ、変わらないね。」


「変える予定はありません。」


シルフィードは笑う。


その笑顔は、まだ少し疲れていた。


けれど、確かに風の中にあった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その時、アルの肩でクウがぷるりと震えた。


『くぅ……?』


「クウ?」


アルが覗き込む。


クウの身体が、淡い翠色に光っていた。


戦いの中で風属性を帯びた時の光に似ている。


だが、今はもっと柔らかい。


王の間に戻っていたシルフィードとハルトも、その光に気づいた。


「クウ?」


シルフィードが近づく。


クウは不思議そうに自分の身体を見下ろした。


『くぅ……くぅ?』


ぷるん。


クウの身体が揺れる。


淡い翠色の光が、ぽん、と小さく弾けた。


アルの肩から、ふわりと小さな風がこぼれる。


その風の中に、もう一つの小さな影が生まれた。


丸くて。


柔らかくて。


クウによく似た、小さなスライム。


けれど、その身体は淡い翠色を帯び、内側に細い風の流れを宿していた。


『くぅ!?』


クウが驚いたように跳ねる。


新しく生まれた小さなスライムも、ぷるんと跳ねた。


『ぷぅ……?』


アルは目を丸くした。


「クウから……分かれた?」


クウは自分と小さなスライムを交互に見た。


そして、少し悩むように揺れたあと、誇らしげに鳴いた。


『くぅ!』


シルフィードはそっと手を伸ばす。


小さな風色のスライムは、逃げなかった。


むしろ、シルフィードの手に向かってふわりと浮かぶ。


「この子……。」


シルフィードの手のひらに、小さなスライムが乗る。


その瞬間、柔らかい風がシルフィードの周りを回った。


懐かしいような。


新しいような。


オルニス鳥王国の空に戻り始めた風と、よく似た気配だった。


アルはその光景を見て、自然に分かった。


「この子は、きっとこの国に残るために生まれたんだと思います。」


シルフィードが顔を上げる。


「この国に……?」


「はい。」


アルは頷いた。


「クウは僕と旅を続けます。」


『くぅ!』


クウが元気よく鳴く。


アルは微笑む。


「でも、この子はシルフィードさんと、この国の風を一緒に見守るために生まれたんだと思います。」


シルフィードは手のひらの小さなスライムを見つめた。


「私に……この子を?」


アルは頷く。


「お願いします。」


「この子を、シルフィードさんに託したいです。」


シルフィードの瞳が揺れる。


手のひらの小さなスライムは、ぷるんと跳ねた。


まるで、返事をするように。


『ぷぅ!』


ハルトは静かに見守っていた。


「シルフィード様。」


「うん。」


シルフィードは小さく頷く。


「分かってる。」


彼女は小さなスライムを両手で包むように持った。


「あなたは、この国の風から生まれた子。」


「クウから分かれて、私のところへ来てくれた子。」


小さなスライムが、淡く光る。


シルフィードは優しく微笑んだ。


「ゼフィリア。」


その名が、王の間に落ちる。


「あなたの名前は、ゼフィリア。」


「この国の風と、一緒に歩いてくれる子。」


ゼフィリアは、ぷるんと跳ねた。


『ぷぅ!』


その瞬間、シルフィードの周囲に柔らかい風が舞った。


契約というほど硬いものではない。


けれど、確かに繋がった。


風巫女と、風属性スライム。


オルニス鳥王国の風を見守る、新しい絆が生まれた。


クウはゼフィリアを見て、満足そうに鳴いた。


『くぅ!』


アルはクウを撫でる。


「寂しくない?」


『くぅ……。』


クウは少しだけ揺れてから、ゼフィリアの方へ跳ねた。


ゼフィリアもぷるんと跳ね返す。


二匹はしばらく向かい合っていた。


それから、クウがアルの肩へ戻る。


『くぅ!』


「そっか。」


アルは笑った。


「ちゃんと、分かってるんだね。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


シルフィードはゼフィリアを抱いたまま、アルへ向き直った。


「アルさん。」


「はい。」


「これを、受け取ってください。」


シルフィードは胸元から、小さな宝石を取り出した。


淡い翠色の光を宿した石。


澄んだ風を閉じ込めたように、内側で光が揺れている。


「これは、オルニス鳥王国の共鳴宝石です。」


アルは息を呑んだ。


「共鳴宝石……。」


シルフィードは頷く。


「この国の風と、私の感謝を込めます。」


「アルさんたちがまた迷った時。」


「この風が、進む道を示しますように。」


アルは両手で宝石を受け取った。


その瞬間、リングに刻まれた風印が淡く光る。


共鳴宝石の光と、風印の光が重なる。


胸の奥に、王城で感じた風が蘇った。


閉ざされた空を開くための風。


誰かの背を押す風。


迷いながらも進むための風。


「ありがとうございます。」


アルは深く頭を下げた。


「この風を、次の旅へ持っていきます。」


シルフィードは微笑む。


「はい。」


「そして、いつかまたオルニスの空を見に来てください。」


「もちろんです。」


クウが元気に鳴く。


『くぅ!』


ゼフィリアも、シルフィードの腕の中で跳ねた。


『ぷぅ!』


ハルトがその様子を見て、少しだけ目を細める。


「賑やかになりますね。」


シルフィードは笑う。


「いいでしょ。」


「風の国だもん。」


「静かすぎるより、ずっといい。」


ハルトは短く頷いた。


「同意します。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


翌朝。


オルニス鳥王国の空には、風が流れていた。


完全に晴れた空ではない。


傷ついた施設の修復はまだ続いている。


王城と神殿は、王の状態と今後の発表について協議を続けている。


王都にも不安は残っている。


それでも、空はもう閉ざされていなかった。


アルとクウは、ギルド前の広場に立っていた。


シルフィードとハルト。


フェルド。


ルーナ。


エアリス。


レグルス。


カイト。


そして、シルフィードの腕にはゼフィリアがいる。


見送りに集まった顔ぶれを見て、アルは少し照れくさそうに笑った。


「こんなに集まってもらえるとは思いませんでした。」


フェルドが腕を組む。


「そりゃ来るだろ。」


「王城まで行って、国の空を開けて帰ってきた奴を、こっそり見送るわけにはいかねぇよ。」


アルは苦笑する。


「僕だけじゃありません。」


「シルフィードさんとハルトさんと、クウもいたからです。」


『くぅ!』


クウが胸を張るように鳴いた。


フェルドは笑う。


「分かってる。」


「全員まとめて、よくやったってことだ。」


ルーナは静かに頭を下げた。


「神殿としても、感謝します。」


「王のことも、民のことも、これから私たちが支えます。」


エアリスは空を見上げる。


「観測機能はまだ完全ではありません。」


「でも、風流は安定し始めています。」


「空は、確かに戻っています。」


レグルスは姿勢を正す。


「王国軍も、命令系統を整理中だ。」


「兵たちの混乱は、我々が抑える。」


カイトも頷いた。


「施設警備は任せてくれ。」


「壊れたところは守る。」


「直すやつらが安全に動けるようにな。」


それぞれが、それぞれの場所へ戻っていく。


誰か一人が全てを背負うのではない。


国が、国として動き始めていた。


シルフィードはアルの前に立つ。


「アルさん。」


「はい。」


「本当に、ありがとうございました。」


アルは首を横に振る。


「僕も、たくさん助けてもらいました。」


「この国で、僕も大切なことを知りました。」


シルフィードは微笑む。


「風は、一つに揃えるものじゃない。」


アルも頷く。


「それぞれが選んで、流れるもの。」


ハルトが静かに言う。


「そして、隣に立つ者がいれば、迷っても進める。」


シルフィードはハルトを見る。


「最後だけ持っていくね。」


「側近ですので。」


「便利。」


「役目です。」


ゼフィリアがぷるんと跳ねた。


『ぷぅ!』


クウも負けじと鳴く。


『くぅ!』


二匹の声に、場の空気が少し柔らかくなる。


アルはシルフィードとハルトへ頭を下げた。


「また来ます。」


「その時は、もっと開けた空を見せてください。」


シルフィードは頷く。


「約束します。」


ハルトも短く言った。


「道中、お気をつけて。」


フェルドが笑う。


「困ったらギルドを頼れ。」


「どこの国でもな。」


「はい。」


アルは笑った。


「ありがとうございます。」


クウが肩の上で身を乗り出す。


『くぅ!』


ゼフィリアがシルフィードの腕の中で跳ねる。


『ぷぅ!』


それは、別れの挨拶だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


アルとクウは、オルニス鳥王国の外へ続く空路に立っていた。


背後には、白い王城。


その周囲を流れる雲は、昨日よりもずっと軽く見える。


王都の上にも風が通っている。


完全に晴れた空ではない。


でも、閉ざされてはいない。


アルは振り返った。


遠くの王城の窓辺に、シルフィードとハルトが立っている気がした。


そのそばで、小さな風色のスライムが跳ねているようにも見えた。


クウが肩の上で鳴く。


『くぅ!』


アルは微笑む。


「うん。」


「ゼフィリアも、きっと大丈夫。」


クウは少しだけ寂しそうに揺れた。


けれど、すぐに前を向く。


『くぅ!』


アルは共鳴宝石を手に取った。


淡い翠色の光が、朝の空に揺れる。


オルニス鳥王国の風。


シルフィードの感謝。


この国で得た答え。


それらが、小さな宝石の中で静かに息づいている。


アルは宝石をしまい、前を向いた。


「行こう、クウ。」


「次の印へ。」


『くぅ!』


風が吹いた。


強くはない。


けれど、背中を押すには十分な風だった。


アルは一歩を踏み出す。


オルニス鳥王国の空に、再び風が流れている。


閉ざされた空は開き始めた。


風を継ぐ者たちは、この国に残った。


そして、無色の旅人は次の国へ進む。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


――十二巫女通信。


フレア。


「アルか。無色のくせに、俺様の火まで少し熱くしていった妙なやつだ。」


ミレーナ。


「アルくんは、誰かの痛みに気づける子です。だからこそ、自分の痛みも大切にしてほしいですね。」


シルフィード。


「アルさんは、閉ざしかけた風に道をくれました。今度は私が、この国の風を守ります。」


土の巫女。


「無色の旅人か。来るなら、この大地で何を選ぶのか見せてもらおう。」


雷の巫女。


「無色の子ね。退屈はしなさそうじゃない。」


毒の巫女。


「無色……厄介な響きね。歓迎するかどうかは、会ってから決めるわ。」


氷の巫女。


「その旅人が凍ったものまで動かすのなら、少し興味があります。」


妖の巫女。


「無色の旅人……本当の姿をどこまで見抜けるのかしら。」


樹の巫女。


「旅人さんが来るなら、お茶を用意しないとね。」


砂の巫女。


「無色が砂を渡るか。足跡が残るか、風に消えるか、見ものだな。」


光の巫女。


「無色でも、誰かを照らすことはできるのでしょうか。」


闇の巫女。


「光にも闇にも染まらない者……私の国で何を選ぶのか、見せてもらおう。」


十二の声が、旅の先を見つめる。


無色の旅人は、次にどこの国へ向かうのか。


十二の旅は、まだ続いていく。

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