第97話 ここにいていいのか
朝。
目を覚ました瞬間、体が悲鳴をあげた。
「っ……」
腕も、足も、腹も。
全部、痛い。
昨日のことを思い出す。
殴られて、倒れた。
それでも――
「……行かないと」
小さく呟く。
隣では妹が、まだ眠っていた。
起こさないように、そっと立ち上がる。
少しふらつく。
でも、立てる。
「よしっ」
気合を入れる。
店の前に立つ。
少しだけ、足が止まる。
数日前もここで立ち止まったことを思い出した。
あの時は、この仕事でいいのかと悩んでいた。
今は、
昨日の件で、みんなの反応が怖くて立ち止まっている。
(……大丈夫)
自分に10回くらい言い聞かせた。
思い切って、扉を押す。
「おはようございます」
声は、ちゃんと出た。
「おう」
店長は、いつも通りだった。
昨日のことなんて、なかったみたいに。
「無理すんなよ。動ける範囲でいい」
それだけ。
――それだけだった。
胸が、少しだけ軽くなる。
「あら、おはよう」
奥からおかみさんが出てくる。
「痛むでしょ。無理しないでね」
やさしい声。
昨日のこと、知ってるはずなのに。
責めない。
聞かない。
ただ、いつも通りに接してくれる。
ありがたい。
仕事は、ぎこちなかった。
体が思うように動かない。
腕を上げるだけで、痛い。
でも、
「いらっしゃいませ!」
声だけは、ちゃんと出す。
それだけは、昨日よりも少しだけ、まっすぐ出せた気がした。
昼前。
店の戸が開いた。
「いらっしゃいませ!」
反射的に挨拶する。
「リナ。よっす」
聞き慣れた声。
振り向く。
そこにいたのは――
「……オリバー」
レオ、ガイル、ユイト。
そして、ジャック。
いつもの四人と一人。
一瞬、時間が止まったみたいだった。
「お前、大丈夫かよ」
レオが眉をひそめる。
「顔、腫れてんぞ」
ガイルも覗き込む。
「無理してない?」
ユイトが心配そうに言う。
ジャックは、何も言わずに
ぎゅっと私の服をつかんだ。
「……大丈夫だよ」
少しだけ笑う。
うまく笑えたかは、分からない。
でも――
嬉しかった。
今思うと、泣きたかったのかもしれない。
「仕事、頑張ってるんだね」
オリバーが、静かに頷く。
それだけ。
それだけなのに、
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
「今日はこれを売りに来たんだ」
桑の実とタラの芽の入ったかごを見せてくれる。
「あと、様子見」
レオがにやっと笑う。
「仕事してるとこ、見に来た」
ガイルが肩をすくめる。
「ちゃんと働いてるか、確認ね」
ユイトも笑う。
「なによ、それ」
思わず、笑った。
痛いはずなのに。
それでも
笑えた。
「ほら、ちゃんとやってるだろ」
棚を指さす。
「昨日より、きれいだろ?」
「おお、ほんとだ」
「やるじゃん」
「すごいね」
「お姉ちゃん、すごい!」
口々に言われる。
その言葉が、
胸の奥に、すとんと落ちた。
(……ああ)
ここにいていいんだ。
少しだけ。
そう思えた。
「じゃあな。また来るわ」
「無理すんなよ」
「またね」
「お姉ちゃん!」
手を振って、帰っていく。
静かになった店内。
でも
さっきまでの空気が、
まだ残っている気がした。
モップを握る。
もう一度、床を拭く。
今度は、少しだけ背筋を伸ばして。
「……ここにいよう」
小さく、呟く。
会えた。
褒められた。
認められた。
あの人たちの顔が私を元気にさせた。
でもその前から、店長もおかみさんも私を......。
外は、よく晴れていた。
店の外は渡り鳥のつばめが飛んでいる。
小さな小枝を忙しそうに運んで巣作りをしていた。
こんなふうに......
少しずつでいい。
積み重ねれたら。
「よろしくね」
嬉しくなって話しかけた。
その時、胸の奥で、
何かが、少しだけ動いた気がした。




