第94話 守る側に立つ日――はじめて“守りたい”と思った
ガタガタ、ガタガタ……。
一輪車が、土の道を進んでいく。
初夏の陽射し。
じわりと暑い。
父さんが押す一輪車の上には、
大量の桑の実と、リナが乗っていた。
茶色の帽子。
その隙間から、金色の髪が揺れている。
本当は、ユイトの父さんが町へ行く日じゃなかった。
でも、あの量はとても一人じゃ運べない。
だから、父さんが手を貸すことになった。
出発前。
ガイルが両手ですくって言った。
「うちはこれだけあればいいさ」
レオも、ユイトも、
当たり前みたいに同じようにすくった。
「置いといても悪くなるだけだしな」
「値段も落ちるしね」
自然に。
まるで最初からそう決めていたみたいに。
リナは、呆然としていた。
「……いいの?」
「あんなに大変だったのに」
「熊だって出たのに」
「私、ひどいことも言ったのに……」
「そんなことあったか?」
ガイルが肩をすくめる。
「早く行けって。売りに」
レオが笑う。
「いい値段になるといいね」
ユイトがやわらかく言った。
その時、父さんが一輪車を押した。
「ほら、行くぞ」
それが合図だった。
リナは、受け取るしかなかった。
ガタガタ、ガタガタ……。
「……すみません」
一輪車の上で、リナが小さくなる。
「こんなことまで」
「ん?ああ、いいんだ」
父さんは軽く言う。
「俺がそうしたいだけだ」
「でも……」
「子どもが、そんなことで悩むもんじゃない」
リナが振り返る。
少しだけ、迷って。
それから。
「……ありがとう」
小さく言った。
父さんが笑う。
「そうだ。それが聞きたかった」
リナは、昨日泣いていた。
強くなきゃいけないと。
一人で生きなきゃいけないと。
それでも。
魔法も使えないのに、
とっさにジャックを守った。
リナは弱くない。
でも――
一人だ。
父さんと話しているリナは、
同じ年くらいに見えた。
強がってもいない。
でも、甘えてもいない。
ただ、立っている。
「リナ」
名前を呼ぶ。
振り向いた。
金の髪が揺れる。
きれいだ、とふと思う。
ジャックの言葉を思い出す。
でも、それだけじゃない。
守りたい。
そう思った。
レオの姉ちゃんに向ける気持ちとは違う。
もっと――はっきりしたもの。
守らないと。
「父さん」
「ん?」
「……何でもない」
何ができるんだろう。
自分に。
前世なら、働いていた。
お金もあった。
でも今は、子どもだ。
考えているうちに、町に入った。
店に着く。
ユイトの父さんの仕入れ先。
店長が笑った。
「なんだその格好」
「うるさい!」
リナが一輪車から飛び降りる。
交渉は、驚くほど上手かった。
全部、いい値段で売れた。
「お前、見込みあるな」
店長が言う。
「スリなんかやめて、ここで働かないか?」
一瞬。
リナの顔が止まる。
「……いいの?」
「盗むなよ?」
「もうしない!」
即答だった。
「やる」
その一言に、迷いはなかった。
父さんが、少しだけ嬉しそうに笑う。
「よかったな」
金はそのまま持たせなかった。
店長に預け、父さんが保証人になる。
店を出る。
肉屋へ向かう。
その途中。
冒険者ギルドの前を通った。
荒い息の男たち。
傷だらけの体。
担ぎ込まれる一人。
「早く治せ!」
光が灯る。
回復魔法。
「ああやって治すんだよ」
リナが言う。
「教会より安い」
少し間を置いて。
「……生きて辿り着ければ、だけど」
「リナの親も、冒険者だったんだっけ」
「……昔の話」
視線が落ちる。
父さんが口を開いた。
「冒険者はな」
ゆっくりと。
「命と引き換えの仕事だ」
少しだけ間。
「怪我は当たり前」
「死ぬこともある」
最後までは言わない。
代わりに。
リナの頭に手を置いた。
「……つらかったな」
それだけ。
リナは、静かに泣いた。
帰り道。
「ねえ、父さん」
「ん?」
「自分、リナに何ができるんだろう」
少し照れながら言う。
「困ったら言えって言ってたからさ」
父さんは少し考えて、笑った。
「会いに行けばいい」
「え?」
「町で働くんだろ?」
そして続ける。
「困ってるときに、手を貸せるやつが――」
「一番、強いんだ」
オリバーは、空を見上げた。
遠くの山に、入道雲。
守る側に立つ。
その意味を、
少しだけ理解した気がした。




