第82話 それでも、隣にいる理由
ー翌日 教室ー
教室は、いつも通りだった。
いつも通りに、見えた。
「……おはよう」
オリバーの声が少しだけ控えめだった。
「おう」
ガイルは短く返す。
それ以上、言葉は続かない。
誰も、昨日のことを口にしなかった。
触れてはいけないような空気。
でも、消えたわけじゃない。
ガイルは机に肘をつきながら、ぼんやりと窓の外を見る。
(……何やってんだ、俺)
昨日のことが、頭から離れない。
眠れなかった。
あの時、何もできなかった。
ただ見ていただけだった。
拳を握る。
(あんなの、ダサすぎるだろ)
「ガイル」
レオの声。
「……なんだよ」
「今日、放課後ヒマか」
「別に」
短いやり取り。
でも、いつもより少しだけ間があった。
「行くぞ」
それだけ言って、レオは前を向く。
ー放課後 廊下ー
自然と、昨日と同じメンバーが揃っていた。
誰が呼んだわけでもない。
でも、揃った。
「……先生、いるかな」
ユイトが小さく言う。
「いるだろ」
レオが答える。
職員室の前。
少しだけ、足が止まる。
「……行くぞ」
レオが扉を開けた。
ー職員室ー
「……ああ、来たのか」
ノア先生は、いつも通りの顔でそこにいた。
その“いつも通り”が、少しだけ不自然だった。
「昨日は、その……」
オリバーが言葉を探す。
「気にするな」
ノア先生は、あっさりと言った。
「ただの体調不良だ」
(嘘だろ)
ガイルは思った。
でも、誰も突っ込まない。
突っ込めない。
「……大丈夫なんですか」
ユイトが聞く。
「問題ない」
同じ言葉。
昨日と同じ。
沈黙。
その時。
ガイルが一歩前に出た。
「……問題あるだろ」
空気が止まる。
レオがわずかに目を細める。
オリバーが息を呑む。
ノア先生は、少しだけ目を見開いた。
「昨日、見た」
ガイルは続ける。
声は強くない。
でも、逃げていない。
「大丈夫じゃねえだろ」
また、沈黙。
しばらくして。
ノア先生は小さく息を吐いた。
「……そうだな」
それだけだった。
多くは語らない。
理由も、過去も。
でも。
否定はしなかった。
その事実だけで、十分だった。
「……無理すんなよ」
ガイルは、それだけ言った。
ノア先生は、少しだけ笑った。
「教師に向かって言う言葉ですか?」
「うるせえ」
わずかな笑いが生まれる。
完全じゃない。
昨日のままの空気も、まだ残っている。
でも。
「……帰るか」
レオが言う。
「おう」
「うん」
自然と、いつもの形に戻っていく。
帰り道。
空を見上げる。
星は、もう流れていない。
それでも。
(昨日と同じ空だ)
少しだけ、息が楽になる。
「なあ」
ガイルがぽつりと呟く。
「俺さ」
少しだけ、迷って。
「……強くなりてえわ」
誰に向けた言葉でもない。
「なればいいだろ」
レオが即答。
「ガイルならなれるよ」
オリバーが言う。
「うん。まあ、たぶん」
ユイトも続く。
「俺も強くなるけどな。
お前がどの位になるのか、見ててやるよ」
オリバーもユイトも、こっちをみてる。
軽い言葉だけど。
昨日とは違う重みがあった。
ガイルは小さく笑う。
「……おう」
その日。
何かが解決したわけじゃない。
何も終わっていない。
それでも。
隣には、変わらない仲間がいた。
それで、十分だと思えた。




