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臆病な魔法使いは、小学部で目立たず生きたいのに巻き込まれていく ――言えなかった想いが、少しずつ世界を変えていく  作者: 南山


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第82話 あの日、初めて先生が壊れた


ー放課後 教室ー

「よし、今日はここまでにしましょう」

ノア先生が本を閉じた。


いつも通りの声。

……のはずだった。


ほんの少しだけ、間があった。


「先生、これ棚に戻せばいいですか?」

オリバーが聞く。


「ああ、頼む」

短い返事。

けど、どこか遠い。


ガイルはその違和感に気づいていた。

(なんか、変だな)


本棚の前で、数冊まとめて持ち上げる。

その時だった。


―ドサッ


鈍い音が教室に落ちた。


「……あ」


手から、本が滑り落ちた。


一冊、二冊、三冊。


床に散らばる。

その音が、やけに大きく響いた。


「すみません。すぐに拾います」


オリバーがかがんで本を手に取る。


ノア先生の足先。


動かない。


「先生?」


誰もがそちらを見る。


ノア先生は、動かなかった。




視線は床の本のまま。

でも、見ていない。


「……っ」

小さく、息を吸う音。


次の瞬間。


呼吸が、乱れた。



「先生!?」

オリバーが駆け寄る。


ノア先生は一歩下がる。

何かを避けるように。


「だ、大丈夫ですか」


返事がない。



目は開いているのに、焦点が合っていない。





(なんだよ、これ)

ガイルの喉がひりつく。


「先生、聞こえてますか!?」

ユイトの声も届かない。


ノア先生の口がわずかに動く。

「……やめ……ろ……」


誰に言っているのか分からない言葉。



――岩の崩れる音。


そんな錯覚が、ガイルの頭にもよぎった。


「っ……!」

ノア先生が頭を押さえる。

「来るな……!」


その声に、教室が凍りついた。





(何が起きてるんだよ)

足が、動かない。

頭では分かっているのに、体がついてこない。


「ガイル! 水持ってこい!」

レオの声が飛ぶ。


「……あ、ああ!」

返事はした。

でも、一歩も動けない。



(俺、何やってんだよ)

(何もできねえじゃねえか)


胸が、強く締めつけられる。



「しっかりしてください!」

オリバーが必死に声をかける。

震えているのに、それでも手を伸ばしている。



その時。


ノア先生の呼吸が、さらに荒くなった。

「う……!」


膝が、崩れた。



「先生!!」




音が消えた気がした。


誰も、すぐに動けなかった。



(違うだろ)

(こんなの、違うだろ)

気づけば、ガイルは叫んでいた。


「なんでだよ!!」

自分でも分からない言葉。

「なんで……!」


「ガイル、落ち着け!」

レオの声。


「落ち着けるかよ!!」

思わず怒鳴り返す。


「俺、何もできてねえじゃんか!!」

息が荒くなる。

「こんな時に……!」

拳が震える。


沈黙


その中で。


オリバーが、静かに言った。

「……大丈夫」

小さな声だった。


でも、不思議と通る。



「先生、大丈夫です」

そう言って、そっと手を取る。


ノア先生の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


長い時間が過ぎた気がした。


やがて。


「……すまない」

かすれた声。


ノア先生が、ゆっくりと顔を上げた。


その顔は。

いつもの先生じゃなかった。

疲れきっていて、弱くて。


それでも。

立とうとしていた。


「大丈夫だ……」


そう言って、無理に立ち上がる。



ガイルは思わず口を開いた。

「……もう休めよ」


「……問題ない」


(問題ないわけ、ねえだろ)

喉まで出かかった言葉を飲み込む。


ノア先生は、まだ少しふらつきながらも立っていた。


校長先生が駆け寄って声をかける。


「大丈夫です。ご心配かけました」


その姿を見て。


ガイルの中で、何かが変わった。


(あんなになっても)

(まだ、立つのかよ)


少しだけ息を吸う。

(……すげえな)


誰にも聞こえない、小さな感情。


その日。

初めて知った。


先生も、壊れる。

でも。

それでも立つ人間がいることを。



そして。


自分はまだ、何も出来なかったことも。







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