第80話 柿の実習と、止められた炎
ボート大会の熱気が過ぎ去って数日後。
夏の暑さは、ほんの少しだけやわらいでいた。
空の青さが、季節の進みを感じさせる。
前期期末試験。
「やべえ。赤点かも」
「死んだ……」
教室には、魂の抜けた声が転がっていた。
オリバーも机にうつ伏している。
今回も真面目に取り組んだ。
レオやガイルに負けていられない。
魔法も、腕力も、コミュ力も負けている。
せめて学力くらいは――。
(多分……きっと……)
自信は、ない。
だが、すべての試験が終わった午後。
教室には、どこか浮ついた空気が流れていた。
去年も、その前も同じだったからだ。
みんな、ノア先生の言葉を待っている。
「皆さん、今日はお疲れさまでした」
にこやかな声。
「さて、今日の――」
「柿だ!」
ガイルが叫んだ。
教室中の視線が集まる。
「あ……」
口を押さえるガイル。
「おやおや。今年も、でしたね」
ノア先生が楽しそうに微笑む。
くすくす、と笑いが広がる。
「ええ。柿です。今年も皆さんに取っていただきます」
「そして、美味しく調理して食べましょう」
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裏庭には、大きな柿の木が立っていた。
校長先生も一緒だ。
「これまでは風魔法で柿を取ってもらいましたが――」
「今年は、土魔法です」
ざわめく生徒たち。
「なお、注意してください。生徒を落とさないように」
「落とす?」
「どういうこと?」
ノア先生はにっこり笑う。
「見た方が早いですね。ケント、少し前へ」
言われた通りに立つケント。
頭上には柿がたわわに実っている。
ノア先生が静かに唱えた。
次の瞬間――
ケントの足元の土が、せり上がる。
「うおっ!?」
壁のように固まった土が、そのままケントを持ち上げた。
「転ばないように、ってこういうことか!」
バランスを取りながら立ち直るケント。
ちょうど手が届く高さだった。
「すげえ!簡単に取れた!」
歓声が上がる。
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「高さのイメージを明確に」
「安全第一で行ってください」
いつもより、少しだけ厳しい声。
ゴン!
「うわっ!頭ぶつけた!」
「おっとっと!」
壁が崩れかける生徒もいる。
「これ、簡単じゃない……」
「怪我させそうで怖い……」
ざわめく中、レオがガイルを持ち上げる。
ピシッとした土壁。安定している。
「すげえな。さすが土属性」
「へへへ」
ガイルは調子よく柿をもぎ、ポケットに詰めていく。
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何とか全員、柿を収穫し終えた。
そのまま調理室へ向かう。
(……ん?)
ガイルが窓から種を投げていたが、誰も気にしなかった。
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「では班に分かれてください」
一班:ジャム
二班:柿の下準備
三班:生地作り
「やったあ!」
「腹減った!」
一気に空気が明るくなる。
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オリバーたちは柿を切る班に集まった。
「今年も教えてくれ」
「うん」
自然と五人になっていた。
一方――
三班では、ガイルとルーカスが言い争っていた。
「だから計量が先だって!」
「その前にふるうんだろ!?」
粉が舞う。
「ぶはっ!ガイル!」
「ごほっ、ごほっ!」
レオがため息をつく。
「これ、ダメなやつだな……」
その時だった。
ガイルが袋を持ち上げ――
小麦粉が、宙に舞う。
白い粉が、光の中で広がった。
その下には、小さな炎。
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「危ない!」
ノア先生の叫び。
次の瞬間。
ドッカーーーン!!
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耳鳴り。
白い煙。
恐る恐る目を開ける。
そこにあったのは――
爆発そのものが、閉じ込められている光景だった。
空気の膜。
その内側に、水の膜。
炎は消え、袋だけが焦げている。
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「間に合いましたな」
「ええ……助かりました」
校長とノア先生の会話。
「空気を遮断すれば爆発は抑えられますからな」
「温度も下げました」
理解が追いつかない。
でも――
助けられたことだけは、分かった。
「先生……!」
気づけば、皆で駆け寄っていた。
「怖かった……」
「死ぬかと思った……」
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ガイルが小さくなる。
「ごめんなさい……」
ノア先生は、静かに目を合わせた。
「怪我がなくて、よかった」
その一言で――
ガイルの涙があふれた。
「うわああああん!」
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その後。
庭でケーキを食べる。
柿のケーキ。ジャム添え。
「うまい!」
「火加減ちょうどいい!」
笑い声が戻る。
ガイルは、少しだけ静かだった。
「お前が静かだと調子狂うな」
「うるさい!」
少しだけ、元に戻る。
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「誰も怪我がないことが一番です」
ノア先生が、小さく呟く。
校長先生が横目で見る。
「……まだ、傷が癒えませんな」
その言葉は、風のように消えた。
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初秋の空は高く澄んでいた。
白い山並み。
遠くをトンビが旋回している。
その下で――
笑い声だけが、いつまでも残っていた。




