第73話 トンネルの向こう
「おはよう」
「おいーっす」
いつもの教室。
川遊びのあとも、日々は変わらない。
――ように見える。
でも、よく見ると少し違う。
レオのそばにエマがいることが増えた。
リリカは、ユイトをよく見ている。
……気のせいかもしれない。
だから、レオもユイトもガイルも、いつも通りだ。
たわいもない話で笑っている。
ノア先生と校長先生が教室に入ってきた。
今日は校庭で魔法の授業だ。
「暑いので水魔法を使いたいところですが――今回の課題は、土です」
そう言いながら、ノア先生は校庭に水をまいた。
「少し水を含んでいる方が、難しくなりますので」
「え?難しく?」
「今、そう言った?」
小声があちこちで上がる。
「まず、土の壁を作ります。そこにトンネルを開けてください」
ノア先生が魔法をかける。
角の立った土壁。
そこに大きなトンネルが通る。
その前に、砂をひと握り置いた。
「この砂を、トンネルの反対側へ運んでください」
「見本をお見せしましょう」
砂の上に、小さな竜巻が生まれる。
砂がふわりと巻き上がり、そのままトンネルの中へ。
ゆっくりと進み、反対側で回転がほどける。
砂は、元の形のまま落ちた。
小さな砂山は、最初とほとんど変わらない。
拍手が起こる。
「すげえ……」
「どうやってるの?」
「前回は水を通しましたな。今回は砂ですか」
校長先生が感心したように言う。
「さて、これはどんなイタズラに使ったのでしょう?」
「内緒です」
ノア先生がにっこりする。
生徒たちがくすくす笑った。
「先生!」
リリカが手を挙げる。
「土と風でやるんですか?」
「何を使っても構いません。手で触らなければ、何らかの点数を差し上げます」
「やったあ!」
やってみると、すぐに分かった。
難しい。
トンネルが崩れる。
水を含んだ土は重く、少しの油断で形を保てない。
「これムズ!」
「無理だろ、これ」
「魔法はイメージです」
ノア先生が生徒の間を歩きながら言う。
「工夫して、思い描いてください」
それでも――誰も成功できなかった。
やはりというか、レオは放課後の練習を約束していた。
放課後。
「おや、仲間が増えましたね」
ノア先生が微笑む。
オリバーの番。
トンネルは作れる。
だが――
「砂の移動が問題なんだよな」
隣でレオがつぶやく。
砂を回す。
くるくると渦はできる。
でも、トンネルに意識を向けた瞬間、回転が止まる。
「あ……」
崩れる。
ガイルもユイトも、同じだった。
レオのトンネルは崩れない。
だが、砂は四方に散る。
「楽しみにしてますよ」
ノア先生はいつも通り、にこやかだった。
帰り道。
「レオの土、やっぱすごいな」
「俺は壁は得意だからな」
「僕、トンネルすぐ崩れちゃう」
レオは少し考えてから言う。
「ブロックみたいに固めてるイメージなんだよな。絶対崩れないように」
「じゃあ、それをもっと強くして、大きくしたら?」
ユイトが目を輝かせる。
「風を、竜巻じゃなくて波みたいにしたらどうだ?」
レオが続ける。
「風で包んで、そのまま運ぶとか」
オリバーも言う。
「いっそさあ――」
ガイルが小声で何かを言う。
「えー?」
「それはないだろ」
「無理じゃない?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ」
みんな、笑う。
「四人よれば……えーと、美味いやつ」
「それ三人だし。モンジュな」
レオが即答する。
「俺、頭いい!」
「違うから!」
また笑いが起きた。
次の授業。
「オリバー」
名前を呼ばれる。
深く息を吸う。
土の壁。
トンネル。
崩れそうな形を、必死に保つ。
――ここからだ。
砂を、風で包む。
お椀のように。
そのまま、トンネルへ。
ゆっくりと進める。
崩れないように。
散らないように。
出口が近づく。
「……!」
反対側へ出た。
「やったあ!」
ガイルの声。
「合格です」
ノア先生の声。
その場に座り込む。
息が荒い。
「すげえな」
レオが手を差し出す。
「うん……」
笑いがこぼれる。
「ガイル」
次に呼ばれたのは、ガイルだった。
土の壁を作る。
――そのまま、回す。
ぐるりと、壁ごと回転する。
「マジでやってる」
「それあり?」
砂はそのまま運ばれ、反対側へ。
「アッハッハ。合格です」
ノア先生が声を上げて笑った。
「初めて見た……」
「さすがガイル」
ガイルは肩をすくめる。
「手は使ってねえだろ?」
(発想、すごいな)
クラスの空気が変わる。
少しだけ、みんなの目が違った。
「楽しいですな」
校長先生が言う。
「ええ。いい雰囲気です」
ノア先生がうなずく。
「こうして力を出し合えば、自然と伸びていきます」
少しの沈黙。
「懐かしいですな」
校長先生の言葉に、ノア先生の表情が変わる。
何かを思い出しているようだった。
その視線の先――
遠く。
あの白い山があった。




