第69話 風の夜(家)
白鳥祭の夜。
オリバーの家には、静かな灯りだけが残っていた。
「あなた。久しぶりに飲んでるの?」
母さんが、少し驚いたように言う。
「たまにはいいだろ」
父さんは肩をすくめた。
「母さんもどうだ?」
「頂くわ」
グラスに注がれる音が、小さく響く。
「子どもたちは祭に行ったし……二人だけなんて、本当、滅多にないわね」
ふふ、と笑いがこぼれる。
少しの沈黙。
「オリバー、あの子は――」
父さんが、ぽつりと口を開く。
「前から思ってたが、やっぱり変わった子だったな」
「また、そういう言い方」
母さんが呆れたように笑う。
「んー……個性的、ってやつか」
グラスを傾けながら、父さんは続けた。
「でもな。俺は、いいと思ってる」
「……ええ」
「頑張ってるのは、見てりゃ分かる。真面目だしな」
少しだけ笑う。
「俺なんか、あの頃は遊んでばっかだった」
「ふふ、そうね」
「なのにあいつは、自分で魔法を工夫して、金まで稼いで……」
一度、言葉を切る。
「……すごい子だよ」
母さんは、静かに頷いた。
「属性が決まらないくらいだ。普通じゃない」
「それ、褒めてるの?」
「当たり前だろ」
少しだけ笑う。
「トンビがタカを産んだ、ってやつだな」
「もう……」
母さんは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。
しばらくして、ふと、声が落ちる。
「ねえ……」
「なんだ?」
「私……あなたの未来を、潰してしまったんじゃないかって」
空気が、少しだけ変わる。
「昔、言ってたでしょう?
“冒険者になる”って」
父さんは、しばらく何も言わなかった。
それから、小さく息を吐く。
「……何言ってるんだ」
ゆっくりと、母さんの方を見る。
「俺は、俺が決めたことをしてる」
少しだけ、近づく。
「お前がいたから、じゃない」
「お前を選んだから、だ」
母さんの目が、少し揺れる。
言葉の代わりに、距離が縮まる。
触れるだけの、短いキス。
「……まいったな」
父さんが照れくさそうに笑う。
「今日の母さんは、やけに綺麗だ」
「今日“も”、でしょ?」
「昔からだよ」
もう一度、軽く触れる。
静かな時間。
「なあ」
父さんが、少しだけ真面目な声になる。
「俺たちの子だ」
「……ええ」
「俺たちが信じなくて、どうする」
母さんは、ゆっくりと頷いた。
「あの子、不安そうな顔するだろ」
「……するわね」
「だからこそ、こっちはドンと構えてりゃいい」
少し間を置く。
「大丈夫だって、顔で見せてやればいい」
母さんは、ふっと笑った。
「そう言うと思ってたわ」
外で――
ドン、と音が響いた。
「あら。花火」
母さんが窓の方を見る。
「もう、あの子たち帰ってくるわね」
「……まだいいだろ」
父さんが、そっと手を取る。
「もう少し、このままで」
「もう……子どもみたいね」
困ったように笑いながらも、手は離さない。
「でも」
少しだけ、近づいて。
「私も、あなたが好きよ」
外では、また花火が上がる。
夜は、静かに深まっていった。




