第67話 見えない道のはじまり
「お父さん。ただいまー」
「ジャック。“お帰りだろ”」
父さんが帰ってきた。
「じゃれるな。暑い。午前中は晴れてたのに、午後から雨で蒸してな……」
「ごはんにしましょ」
「わーい。お腹すいてたんだ」
夕食を囲みながら、オリバーは今日のことを話し始めた。
「あのね。学校で魔力測定と属性確認があったんだ」
「お、今日だったか」
「で、どうだったの?」
父さんと母さんが身を乗り出す。
「えっと……」
少し迷ってから口を開く。
「レオは“土”だったよ」
「そうか」
「ガイルは“炎”」
「そうか」
「で?あんたは?」
母さんがぐっと顔を寄せてくる。
少しだけ身を引きながら答える。
「……色で判定するでしょ。その色が、よく分からなかったんだ」
「どういうこと?」
「魔法省の人が言うには、複数の属性が出てるって。強くはないけど、バランスは悪くないって」
少しだけ視線を落とす。
「光の強さも……自分では違いがよく分からなかった」
沈黙。
「……それ、“最初から決まってないタイプ”ってやつだな」
父さんがぽつりと言った。
「え?」
父さんは少し遠くを見るようにして続ける。
「ごくたまにいるらしい。本で読んだことがある。……何にでもなれる、ってな」
頭をかきながら、少し照れくさそうに笑う。
「間違ってたらごめんよ。昔に読んだだけだ。気になるなら、自分で調べろ」
「父さん、それ……ノア先生にも同じこと言われた」
顔を上げる。
「自分で選べって」
言葉が早くなる。
「ねえ父さん。どうすれば選べるの?」
ガタン。
気づけば、立ち上がっていた。
「選ぶって、どうやるの?」
「遠くに行けるって、何?」
「どうすれば……」
言葉が止まらない。
「……自分は、普通でいいんだ」
声が震える。
「難しいこと、言わないでよ……」
涙がこぼれた。
今まで。
自分の感じ方や考え方が、周りと違うと言われてきた。
変だと、思われた。
だから。
普通に。
目立たずに。
静かに生きていたかった。
この世界でも――
同じなのか。
気持ちがあふれて、止まらない。
「ねえ兄ちゃん!」
ジャックが顔をのぞき込む。
「兄ちゃん、風になるの?ぼく、風いいと思う!水もいいけど!」
にこにこしている。
「でもね、ぼくは兄ちゃん、何でもかっこいいから好き!」
「何回も助けてもらったんだよ?すごいんだよ!」
「そうよ」
母さんが優しく抱きしめる。
「うちの息子は、自慢の子よ」
「なんでもいいの。あなたの好きなものを選びなさい」
父さんも手を伸ばす。
「慌てるな。まだ十歳だ」
ぽん、と頭に手を置く。
「人生は長い。死ぬまでに分かれば十分だ」
「長い宿題だねえ!」
ジャックが間に入り込む。
「……ありがと。暑いよ」
小さく笑う。
涙は、いつの間にか止まっていた。
(数時間前――校長室)
「本日はありがとうございました」
「いえ。校長先生の学校に来られて光栄です」
魔法省の男が一礼する。
「今日の測定ですが……概ね平均的でしたな」
一拍。
「あの子――属性が混じる子。珍しいですね」
ノア先生が顔を上げる。
「ええ。少し変わった子です」
男は頷く。
「混ざり方も独特でした。あれは初めて見るパターンです」
「六年時に再測定を?」
「ええ。ぜひ私がまた来たいものです」
男は去っていった。
静寂。
「……楽しみですね」
ノア先生がぽつりと言う。
校長が微笑む。
「良いことですな。指導者冥利に尽きる」
少しだけ声を落とす。
「賽は投げられました。あとはどう転がるか」
間。
「……実は、私も楽しみなのですぞ」
ノア先生の表情が、わずかに陰る。
「あの子が、大人になったとき……後悔しないように育てたいです」
「おや。先生ご自身は?」
少しの沈黙。
「……正直に言いますと」
かすかに目を伏せる。
「一生、癒えない傷です」
小さく息を吐く。
「仕方のないことですが……」
そして。
「大事な人でしたから」
その声は、誰にも届かなかった。
霧雨は、音もなく降り続いていた。




