第65話 それぞれの力
「今日だよな?」
「うん、今日だよ」
朝から、教室の空気は落ち着かなかった。
あちこちで同じような会話が聞こえる。
朝は晴れていたのに午後からしとしとと降り出した。
湿度が高い。
手が汗ばむ。
「やべえ、なんかドキドキしてきた」
ガイルが机を指で叩く。
「お前はどうせ火だろ」
レオが苦笑する。
「だよな!絶対そうだろ!」
ガイルはもうその気だ。
「レオは土、だよね」
ユイトが言う。
「……だといいな。」
レオは短く答えた。
その声は、いつもより少しだけ固かった。
(やっぱり、気にしてるんだ)
オリバーは何も言わず、様子を見ていた。
「みんな、席についてください」
ノア先生の声で、ざわめきが少し収まる。
「今日は、魔力測定と属性確認を行います」
教室の後ろの扉が開いた。
入ってきたのは、校長先生と見慣れない男だった。
落ち着いた服装。
マントを着ている。
無駄のない動き。
手には、小さな箱のようなものを持っていた。
「王都から来ていただきました。測定を担当してくださいます」
「よろしく」
短く頭を下げる。
その一言だけで、空気が引き締まった。
心臓の鼓動が早くなる。
机の前に、水晶のような球体が置かれた。
「これに手をかざして、魔力を流してみてください」
淡々とした説明。
「順番に行います。名前を呼ばれたら前へ」
ノア先生がメモを取る。
生徒が前に出て、水晶に手をかざす。
ぽわーと色が出る。
「火だな」
「魔力は......1かな......。」
色で属性を、明るさで魔力は判定するらしい。
色はなんとなくわかっても、光の強さの強弱はみんな同じように感じられた。
ぽつぽつと結果が出ていく。
「おおー!」
教室が少しずつ盛り上がる。
(これが、属性……)
見えないはずのものが、
形になって現れている。
「ガイル」
「おう!」
勢いよく前に出る。
手をかざす。
――ぼっ
赤い光が弾けた。
「火属性。素直だな」
「っしゃあ!!」
ガイルがガッツポーズを決める。
「だと思ったぜ!」
教室に笑いが広がる。
「レオ」
少しだけ間を置いて、前に出る。
手をかざす。
――ぐっ
重たい色の光。
地面のような、落ち着いた輝き。
「土属性だ」
「……」
レオは、少しだけ黙った。
それから、小さく息を吐く。
「……そっか」
振り返る顔は、
どこかほっとしていた。
「ユイト」
「う、うん」
少し緊張した様子で前へ。
手をかざす。
――さらり
透明に近い青。
やわらかく揺れる光。
「水属性。安定しているな」
「水……」
ユイトが自分の手を見る。
「なんか……ちょっと意外かも」
でも、どこか嬉しそうだった。
「オリバー」
名前を呼ばれる。
静かに立ち上がる。
前に出ると、
少しだけ視線が集まるのを感じた。
手をかざす。
(……)
魔力を、流す。
――じわり
光が、にじむように現れた。
色は――
はっきりしない。
青のようで、
風のようで、
どこか淡く混ざり合っている。
「……?」
測定者が、わずかに眉を動かした。
「これは……」
光が揺れる。
強くはない。
でも、消えない。
「珍しいな」
静かな声。
「複数の属性が、薄く出ている」
「え?」
思わず声が出る。
「強く突出したものはないが……バランスは悪くない」
それだけ言うと、
測定者は次を呼んだ。
校長先生とノア先生が目くばせしているのが、目の端に見えた。
席に戻る。
「なんだそれ?」
ガイルが身を乗り出す。
「全部ってことか?」
レオが興味深そうに聞く。
「わかんない……」
オリバーは自分の手を見た。
(はっきりしない)
強くもない。
特別でもない。
でも――
消えなかった。
「いいじゃん!なんかすげえじゃん!」
ガイルは楽しそうだ。
「器用ってことだろ」
レオが言う。
「うん……そうかも」
ユイトも頷く。
でも。
(……なんだろう)
少しだけ、
胸の奥に引っかかるものがあった。
授業が終わる。
外に出ると、いつもの空気だった。
「なあ!これで冒険者いけるじゃねえか!」
ガイルが笑う。
「まだ早いだろ」
レオが即座に返す。
「まずは基礎だね」
ユイトも続く。
下駄箱ではリリカが泣いていた。
エマがなぐさめている。
「大丈夫だよ。魔力は使っていけば強くなっていくし、魔力圧縮だって出来るってママが言ってたわ。」
「でも。でも......。だから私魔法がうまく出来なかったよ」
オリバーは、少し遅れて歩く。
自分が、思っていた自分と違うと分かったとき。
どう思えば自分が好きになれるのか。
かける言葉が見つからなかった。
自分も。
ようやく自分がそのままでもと思い始めたところ。
前世では自分が嫌いだったとも言える。
リリカにかける言葉。勇気。
でもその自分すらもよくわからない判定。
受け入れる。
そんなことが難しい。
簡単そうで、難しい。
正体の分からない不安とで、
何だか息が苦しくなった。
自分の手を見る。
あの、曖昧な光。
(見えないもの)
昨日、思ったこと。
はっきりしなくてもいい。
わからないままでもいい。
そう思ったはずなのに。
「オリバー!行くぞ!」
ガイルの声。
顔を上げる。
「あ、うん」
走って追いつく。
みんなの声が、
すぐ近くにある。
「何ボーっとしてんだよ。」
「さっきのこと考えていたの?」
「何色でもオリバーはオリバーだろ」
「まあ。俺は炎だけどな」
「それ全然なぐさめてないんだけど。」
笑いあう。
今はそれでいい気がした。
いつの間にか雨は上がっていた。
傘はいらない。
今は。




