第64話 ホタルの夜
「なあ、肉、うまかったよな!」
教室に入るなり、ガイルが机に突っ伏したまま言った。
「うまかったなあ……」
レオも遠くを見るような目でつぶやく。
「また食べたいね」
ユイトが笑う。
串肉の話になると、自然と顔がゆるむ。
あの油と塩の香りは、まだどこかに残っている気がした。
オリバーは、まだ傷が少し痛かった。
金髪の茶色の帽子の子に殴られた傷だ。
もう会うことは、ない――そう思うことにした。
「そういえばさ」
ユイトが少し声をひそめる。
「店長さん、言ってたんだ。今回のタラの芽、“いい品だ”って」
「マジか!」
ガイルが勢いよく顔を上げた。
「料亭に回すって」
「すげえじゃん」
レオが素直に感心する。
自分たちで取って、
売って、
評価された。
それは思っていた以上に、嬉しいことだった。
「なあ、次は何にする?」
ガイルが身を乗り出す。
「もう考えてんのかよ」
レオが笑う。
「そんで、話変わるけど帰り道にホタル飛んでたんだ。父さんが毎年出るよって。」
「ホタル、見に行ったことある?」
「ホタル?」
ガイルが聞き返す。
「うん。牧場の奥の小川。夜になると、いっぱい出るんだってさ」
「へえ……」
ガイルの目が光る。
「行こうぜ!」
即決だった。
「みんな、静かにお願いしますよ。」
その日の放課後。
ノア先生が教室に入ってきた。
「来週、魔力測定と属性確認の人が来ることになりました。」
一瞬の静寂。
そして――
「ええええええ!?」
教室が一気に沸いた。
「やった!」
「ついにか!」
「オレ何だろ!」
口々に騒ぐ声。
ガイルもレオも、すでに盛り上がっている。
「静かに。順番にやりますからね」
ノア先生は苦笑しながら黒板に予定を書いていく。
(魔力測定……属性……)
胸の奥が、少しだけざわついた。
楽しみと、
少しの不安。
どちらもあった。
夜。
ランタンを持って、牧場の奥へ向かう。
空は暗く、雲がうっすらとかかっている。
でも、雨の気配はない。
蒸し暑いくらいだ。
「ほんとに出るのか?」
ガイルがあたりを見回す。
「もう少し先だって」
ユイトが答える。
足元は草でやわらかく、
ところどころに小石が転がっている。
「気をつけろよ」
レオが前を歩く。
小川の近くまで来たときだった。
「うわっ」
ジャックの足が滑る。
「っと!」
レオがとっさに手をかざした。
土が盛り上がり、
小さな壁のようにジャックの前に立ち上がる。
そのまま、体を支えた。
「大丈夫か?」
「うん……!」
ジャックが頷く。
「すげえな」
ガイルが感心したように言った。
「これくらい普通だろ」
レオは少しだけ照れくさそうにそっぽを向く。
そのときだった。
ふわり、と。
小さな光が、ひとつ。
「……あ」
誰かが小さく声をもらした。
次の瞬間。
ふわり、ふわりと、
いくつもの光が現れる。
小川の上。
草の影。
空気の中。
「……すげえ」
ガイルがぽつりとつぶやく。
「きれいだね」
ユイトが息をのむ。
音はない。
ただ、
淡い光だけが、
ゆっくりと動いている。
ついたり、消えたり。
「こういうのってさ」
レオがぼそっと言う。
「ロマンチックっていうんじゃないのか?」
「お前、何もないのかよ」
ガイルが笑う。
「俺はこういうの、普通に楽しいけどな!」
「俺も!」
その声が、夜に溶けていく。
しばらくして、みんなで草の上に寝転がった。
見上げると満天の夜空だった。
いつの間にか雲がはれた。
気が付かなかった。
ホタルに、夢中になっていたからだ。
「魔力測定、どうなるかな」
ユイトがぽつりと言う。
「俺、土だよな」
レオがつぶやく。
その声を聞いて、ふと思い出す。
一年のとき。
レオは、土属性になりたいと泣いていた。
姉ちゃんは風だから、と。
(風……)
揺れる羽飾りを思い出す。
まだ、少しだけ胸が痛い。
見ようとしても、
見えないものがある。
見えないままの方がいいものも、
あるのかもしれない。
それでも。
それでいい、とも思った。
「……」
手に、ぬくもり。
見ると、ジャックがいつの間にか手を握っていた。
隣では、
ガイルのいびきが聞こえる。
レオも、
静かな寝息を立てていた。
(ま、いっか)
目を閉じる。
ホタルの光と、星空が、
まぶたの裏に残っていた。
「おい!起きなさい!」
朝。
大きな声と、
牛の鳴き声で目が覚めた。
「うわっ!」
飛び起きる。
「こんなところで寝るやつがあるかい!」
母さんの声だった。
「あー……」
頭をかく。
空は、明るい。
「ほら!帰るよ!」
「はーい……」
みんなで顔を見合わせて、苦笑した。
夜のことが、
少し遠く感じる。
でも。
あの光は、ちゃんと覚えている。
手を伸ばせば、届きそうなくらいに。
前を向く。
今日もまた、
一日が始まる。




