第105話 まだ知らないまま
「祭りに恩人が来てくれたんだ!」
「すんげえ元気になったんだぜ!」
目をキラキラさせて、ノア先生に話している。
「あの教会に運ばれた子ですか?馬に轢かれたという。」
「そうなんです。その子です」
白鳥祭りが終わり、日も強く蒸し暑い午後の教室。
いつもの四人とノア先生は珍しくおしゃべりしている。
四人が興奮して話しているのが、正しいか。
「手紙、書いてよかったなあ」
「返事もらえたんだもんね」
「あなたたち、本当にうれしそうですね」
生徒の考えていること、思っていることを知るのはとても楽しい。
指導にも非常に役に立つ。
「あのヒーラー、すげえよな。」
「リナが働けるほど良くなったんだぜ」
「どんだけ腕がいいんだよ」
「あのヒーラー、とは?」
そんな人があの教会にいたのか?
私も町の教会に時々用事でいくが。
「えーと。普段は遠い治療院にいるんだけど、たまたま教会に来てたんだって。治療の時、部屋の外に出されちゃったから、よく知らないけど。女の人だよ。先生くらいの年頃かなあ。」
ユイトの言葉を聞いて、表情が止まる。
遠くの治療院。
腕のいいヒーラー。
私と同じ年ごろの女性。
そんなはずはない。
思わず首を振ってしまう。
物事を都合のいい方向に解釈するものではない。
「祭りに誘ったんだ。」
いつもはおとなしいオリバーが、恥ずかしそうに話す。
「先生が、『誘える時に誘いなさい』って。」
「ああ、そんな事、言いましたね」
自分の言葉に、自分が驚く。
「あなたたちの行動が実を結んだのですよ」
「すげえドキドキしたんだ」
「届かなかったらどうしよう、とか」
「変なこと書いてないかな、とか」
「返事が来なかったらどうしよう、とか」
「だって、恥ずかしいじゃん」
一生懸命にガイルもレオもオリバーも、ユイトも話す。
まぶしい。
その他人と繋がりを持とうとする気持ちが。
自分が恥ずかしいと思いながらも、行動する姿勢が。
自分も学生のときに少しでも伝えていたら。
冒険者になった時、同じパーティーで毎日顔を合わせていた時、思いの半分も言えていたら。
何かが今と違っていただろうか。
「今となっては、もう」
また首を振っていた。
「物事は行動とタイミングですね」
知らずに呟いていた。
「おお。そうだよなあ。なあ、オリバー、また季節のものを取って売ろうぜ」
ガイルが大きな声で言った。
「そう。物事は行動とタイミングですじゃな」
後ろから声。
「校長先生!」
驚いた。
ふふふと笑いながら、校長先生は生徒たちと私の顔を順に見ては微笑んだ。
「知らずに時は進んでいきますからなあ。」
そして、もう、窓の外を見ていた。
視線の先は。
北の山の方角だ。
「......夏は人を動かしますな」
その言葉は私にも聞こえなかった。
――
あら。私に手紙?
珍しいわね。
街はずれ。
治療院からそう離れていない郊外の一軒家。
手入れの行き届いた小さな庭。
小さな砂利が敷き詰められた玄関先。
ややびっこをひいた、一本杖の女性が郵便入れの中の封書を手に取る。
差出人名は知らないが、住所に見覚えがあった。
先日、行った教会。
封を開ける。
途端に太陽のような笑みがこぼれる。
「あの子!良かった。こういう手紙はヒーラー冥利に尽きるわね」
封筒を胸に押し付ける。
次の機会にもあの町に行こう。
もしかしたら、あの子に会えるかもしれない。
元気になったあの子に。
――
庭の葉先を揺らす風が吹いた。
夏の風は、
まだ誰にも気づかれないまま、静かに吹き始めていた。




