第102話 まだ、近いまま
人の流れを抜けたあとも、
二人はしばらく、そのまま並んで歩いていた。
さっきまでの喧騒が、少し遠い。
でも、完全に静かじゃない。
太鼓の音も、笑い声も、まだ届く。
「……すごいね」
リナが、小さく言う。
「うん」
短く返す。
それ以上、言葉が続かない。
でも、
さっきより、近い。
肩が触れそうで、触れない距離。
さっきまで繋いでいた手の感覚が、
まだ残っている気がした。
「さっきは……ありがとう」
リナが、少しだけこちらを見る。
「う、うん……」
それだけしか言えない。
言葉が出ない。
少し歩くと、また人の流れが強くなる。
屋台が並ぶ通りに戻ってきていた。
「気をつけて」
思わず、そう言っていた。
「うん」
リナがうなずく。
その時――
「うわあっ!」
子どもの声。
目の前で、小さな子がつまずいた。
持っていた飴が、地面に転がる。
人の足が近づく。
「危ない!」
リナが、すぐにしゃがみ込む。
飴を拾い上げて、子どもに渡す。
「大丈夫?」
「……うん」
泣きそうな顔が、少しだけ緩む。
「ほら、気をつけてね」
やさしく頭をなでる。
子どもは何度も頷いて、走っていった。
「すごいね」
思わず言っていた。
「え?」
「迷わなかった」
「……そんなことないよ」
少し照れたように笑う。
「ただ……」
一瞬、言葉を探すように間があって、
「放っておけなかっただけ」
そう言った。
――――
風が、ふっと通り抜けた。
提灯が、わずかに揺れる。
その向こう。
人混みの隙間に、
一瞬だけ
見えた。
長い髪。
静かな横顔。
隣には背の高い男子学生。
風に揺れて、消える。
「……」
レオが、少し離れたところで足を止めていた。
「どうした?」
ガイルが振り返る。
「いや……今、」
言いかけて、首を振る。
もう一度見る。
でも、もうそこには誰もいなかった。
「行こうぜ」
レオは、何でもないように歩き出す。
でも、その視線は、ほんの少しだけ揺れていた。
(……似てた)
――――
オリバーたちは、また少し人の少ない方へと歩く。
さっきより、ゆっくり。
「……なんか」
リナが、ぽつりと言う。
「町の祭りと、違うね」
「どう違う?」
「うまく言えないけど……」
少し考えて、
「近い」
そう言った。
「……ああ」
その言葉が、妙にしっくりきた。
人も。
音も。
距離も。
全部が、近い。
風が、また吹く。
今度は、やさしく。
リナの髪が、ふわりと揺れる。
その瞬間
思わず、手が動きそうになる。
でも、
止めた。
(……さっきとは違う)
今は、
迷子じゃない。
それでも。
少しだけ、
名残みたいに、
その距離は、まだ近いままだった。
遠くで、歓声が上がる。
白い鳥たちが、夜の空へ舞い上がる。
光に照らされて、
ゆっくりと弧を描く。
「きれい……」
リナが、見上げる。
その横顔を、
少しだけ、見る。
言葉は、いらないと思う。
ただ、
同じものを見ている。
それだけで、十分だった。
風が、二人の間をすり抜けていった。
でも
今度は、何も奪っていかなかった




