第101話 離さない理由
「わーい!」「早く行こうぜ!」
村を走る子供たちが脇をすぎていく。
自分たちも広場に向かっている。
日の落ちる頃から大きな山車が動く。
白鳥にかたどられている山車だ。
太鼓の音が響き始めた。
心浮き立つリズムだ。
レオが太鼓隊に見とれている。
「うおー。いつ見てもカッコいいなあ」
ジャックはそんなレオの裾をつかんでいる。
もう手をつなぐのは恥ずかしいのかもしれない。
「そんなことよりもさあ。これ。すげえうまそう。去年なかったよなあ。」
ガイルは今年の屋台をじっくり見ている。
「おーい!みんなあ!」
ユイトの明るい声。今年も出店している。
「飲んでく?一応ジュース取ってあるよ」
「やったあ!」
ワインの店でジュースを飲む。ジュース代金だが、大人気分だ。
「ねえ」ユイトが声を落とす。
「リナ。来てた?」
「まだ、見てねえんだよ」ガイル。
「店長が来るなら、来るだろ」レオ。
「オリバー。来るって言ったたんだよね?」ユイト。
皆が自分を見る。
一瞬ドキっとする。でも、しっかりとうなずく。
「店長が、祭りは商売になるからって。リナに少しの休みは取らせてくれるって。」
何度か説明した言葉。
みんなにっこりする。
「少しは遊べるってことだよね」
「楽しんでもらえるといいな」
「祭り終わると夜だから宿に泊まるのかな」
「だよね」
「じゃ。帰るのは明日だな」
「リナは売り子するのかな」
「すごいよね」
ユイトが感心したように息を吐く。
「僕、自分ちの手伝いだけど、もちろん嫌じゃないけど、商品やお金を扱うのってすごく緊張するんだ」
「だよな」
「働いて稼ぐって、大変だけどさ。俺はうらやましいぜ」ガイルは笑う。
「俺も独り立ち。早くしたいんだ。カッコいいじゃん」
軽く言うけど、その目は真剣だった。
「俺も」
レオも続ける。
「僕だって、頑張るさ」
「自分だって」
「ぼくも―!」
「お前はまずは読み書きからだな」
頭をポンポンとガイルにされてジャックはふくれっ面になる。
みんなで笑った。
ユイトと別れてまたそぞろ歩きをする。
「あ。あれ。リナじゃないか?」
レオが指さす。
みんなが見る。
「リナ姉ちゃん!」
ジャックは走り出してもう、リナにまとわりついている。
「来てくれたんだね!」
「う。うん」
「うれしい!」ジャックがニコニコする。
「よう。」
店長の野太い声がした。
「お前たちの祭りに来たぜ。そういや。最近は店に来ないな。忙しいのか?まさかよそに売ってないだろうな?」
「ち、違いますよ!!」ガイルが慌てて否定する。
「俺たち四年になって、実習とかやたら忙しくて。」
「でも、また、売るときには店長さんとこに行きますんで。だから、また、おまけしてください」
レオが片目をつむって舌を出す。
「こいつ。」
店長がレオの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
店長に声をかけて、リナを連れてきた。
「迷子にすんなよ」と笑われた。
「すごい……」
リナが、ぽつりと呟く。
屋台が並び、人が行き交う。
村祭りの賑わいに、目を丸くしている。
「妹も来たがっていたんだ。」
「今度、一緒に来れたらいいね」
「町の祭りの方が人が多いだろ?」
「そうなんだけど。何だか勝手が違うの......」
ガイルとレオは、少し前を歩いている。
段々離されていく。
「大丈夫?」
「うん……」
返事はある。
でも、前の二人とは大分距離ができた。
後ろを歩くリナとも距離が、少しある。
振り向く。
人の波に、リナの姿が半分隠れていた。
「離れちゃう」
思った瞬間、
どん、と肩がぶつかる音。
笑い声。
流れが、ぐっと強くなる。
太鼓の音が響く。
「っ……!」
リナの姿が、見えなくなる。
心臓が跳ねる。
「リナ!」
声を出す。
返事は――ない。
人が多すぎる。
視界が、ぐちゃぐちゃになる。
(どこだ)
背を伸ばす。
押し返される。
くそっ……!
その時。
風が、フッと強く吹いた。
人の流れが、一瞬だけ揺れる。
リナの髪が大きくなびく。
金色の髪。
視界の端に、
見えた。
リナの驚いたような顔も。
その一瞬で。
伸ばした手。
届くか、分からない。
でも
届いた。
細い手首を、つかむ。
「リナ!」
びくっと、リナの体が揺れる。
振り向く。
目が、合う。
「オリバー……?」
きょとんとした顔。
少しだけ、息が乱れている。
「大丈夫?」
うまく言葉が出ない。
でも、
手は、離さなかった。
リナは、自分の手を見て
それから、少しだけうつむいた。
「……うん」
小さな声。
でも、ちゃんと聞こえた。
人の流れは、まだ強い。
押される。
そのたびに、
自然と、距離が近づく。
離したら、また見失う。
分かっている。
でも。
これ。
どうすればいい。
握ったままの手。
熱い。
自分の鼓動が、うるさい。
リナも、何も言わない。
ただ、
少しだけ、握り返された。
「……!」
一瞬、息が止まる。
強くじゃない。
でも、確かに。
逃げるためじゃなくて、
つながるための力だ。
「……こっち」
オリバーは、少しだけ前に出る。
人の少ない方へ。
手を引く。
引きすぎないように。
でも、離さないように。
そのまま、
屋台の並びを抜けて、
少しだけ静かな場所へ出た。
人の音が、少し遠くなる。
風が、通る。
「……はあ」
リナが、小さく息をつく。
「びっくりした……」
「ごめん」
「ううん」
首を振る。
それから、
まだつながっている手を見る。
「……離さないの?」
静かに言う。
からかうでもなく、
ただ、確かめるように。
「……あ」
やっと気づいたみたいに、
手を見る。
慌てて、
離そうとして、
止まる。
(……また、はぐれたら)
言い訳が、頭をよぎる。
でも、
それだけじゃないのも、分かっていた。
「……もう少しだけ」
小さくお願いした。
リナは、少しだけ目を見開いて、
それから
ふっと笑った。
「うん」
今度は、
はっきりと。
指が、ほんの少しだけ絡む。
さっきよりも、
ほんの少しだけ、近い距離。
遠くで、歓声が上がる。
湖の白い鳥たちが、空へ舞い上がる。
その音を聞きながら、
二人は、しばらく動けなかった。
ただ、
手のぬくもりだけを、
確かめてるみたいに。
足元を、風が一回りした。




