93話「魔術兵8」
ベスはディ・ソラリの手で王都に送られたあと、実家のフォーリア家ではなく、まずユーリアの下へ連れてこられた。
ベスは「舌を噛んで死にます!」と実家に戻ることを断固として拒否したので、困ったユーリアはその希望を聞き届けることにした。
とはいえ、敵陣営の重鎮の令嬢を自分の手元に置いたのでは、いかにも人質を取ったように見えて外聞が悪い。
そこで、本人のたっての希望で魔術学校に入学した、という形を取ることになった。
魔術学校なら部外者は立ち入りできないし、フォーリア家も滅多なことはできない。
敷地内から出ることはできないが、安全は担保される。
フォーリア家としては面白くない話だが、娘が王女の庇護のもとで王都にいるのであれば、と不承不承で同意したという。
しかし、譲歩したのはそこまでで、「ミルトンに戻りたい」というベス本来の希望には同意しなかった。
それどころか、娘をたぶらかした黒の魔女を、暗殺者に始末させようとすらしたのだという。
それをユーリアが懸命の説得で押しとどめて今に至る、というのが事の顛末だった。
え、わたしが殺害対象っすか?
うーん、まあ、そうなるのか……?
なんか納得いかねーな、その話。
「ですから、王女殿下にはなにからなにまでお世話になっているのです。お師匠さまとこうして再会できたのも、すべて殿下のおかげです。どれほど感謝してもしきれません」
「いいのですよエリザベス。わたくしとあなたの仲ではありませんか」
嘘くさい。
とくにユーリアがヒーローになっているところがプンプン匂う。
なぜかわたしも感謝しなきゃいけないような流れになっているのも気に食わない。
あと、フォーリア家のムーブが全体的にバカっぽくて国政を牛耳る大貴族らしくないっていうか……。
とはいえ、確証はない。
その後も話を聞けば、ベスはこの学校生活をけっこう気に入っているらしい。
今は敷地内から出ることはできないし、仮にベスがミルトンに戻れば即座にフォーリア家がわたしに暗殺者を送るそうだから、ミルトンに戻ることはもってのほか。
けど、学生寮で暮らしながら学友たちといっしょに魔術の勉強をするのは楽しいそうだ。
マジで!?
正気か!?
『洗脳』の魔術とかかけられてないよね!?
今はよくても2年後、ああなるんだぞ……。
毎日毎日実戦さながらの危険な訓練をやらされるんだぞ……。
実地演習と称して「地獄」に送られるんだぞ……。
と思ったところで、その「地獄」ってミルトンだったわ、と気づいた。
なんか「暗殺者を送られる」って言われてもぜんぜんピンとこないのは、賊の手で地獄に送られる前に、もう地獄にいるからだった。
あれ?
てことは、この学校にいても、わたしのところに戻っても、どっちにしてもベスは地獄に行く運命ってこと?
ぶっちゃけ実家に帰るのがいちばん安全なんじゃないか?
でもそれだと自由ゼロの鳥籠生活に逆戻りだし……。
詰んでる……不憫すぎる……。
しかし、これでベスの意思は確認できた。
いろいろと胡散臭いところはあるけど、大切なのはそれだ。
「さあエリザベス。親方たちとはまた会えます。あなたにはやるべきことがおありでしょう?」
切りのいいところでユーリアが話を打ち切ろうとした。
打ち切んなよ。
「あ、そうでした! わたくし、先生にご無理を聞いてもらって授業を抜け出してきたのでした」
「えーもう行っちゃうのー? いいじゃん、遊びに行こうよー」
「エリンさま、殿下のおっしゃるとおり、ここならいつでも会えますから……」
と、駄々をこねるエリンを嗜めるベス。
どっちが年上なんだかわからない。
「わたくしはここで勉学に勤しんで早く一人前の魔術師になりたいのです。今は寂しいですけれど、お傍で仕えるよりも、その方がお師匠さま方の力になれると思うのです」
「ベス……」
人生完全に詰んでるのに、まだわたしの力になろうとしてくれているなんて……。
あぁ……将来絶対悪い男に騙されるわ……もう目に見えるよう……。
じゃなくて。
きっと、なんとかしてあげるからね。
わたしになにができるのか今はさっぱりわからないけど。
ベスの人生が詰んでるのは、いくつも障害が重なっているからだ。
その障害を1つ1つ取り除いていけばきっと明日は来る。
なあに、将棋だって盤面ひっくり返しちまえば詰み状況なんてなかったことにできるんだ。
部屋を辞そうとしてからも、ベスは名残惜しそうにしばらく留まっていた。
すると、唐突にドアが開いた。
ひょろ長い棒みたいな男が、挨拶もなく、ぬるっと入ってくる。
身長2メートル近くありそうなのに、体重は50キロくらいしかなさそうだ。
低身長大横幅のドワーフと逆バージョン。
こんなにひょろ長い人間をわたしは初めて見た。
制服ではなく魔術師のローブを着ているから、学生じゃなさそうだ。




