92話「魔術兵7」
王立魔術学校、校舎1階校長室。
王女の個室とは思えないほどさっぱりした、最低限度の内装だ。
呼び出しを食らった経験上、ふつうの校長室だってもうちょっと成金臭さがするものだ。
武骨さをアピールするために華美な調度品を徹底的に排除した、そんな意図すら感じる。
もしここが日本だったら「質実剛健」とか「常在戦場」とか先軍的なキャッチコピーが書かれた書画が飾られていたことだろう。
応接用の長テーブルにつき、わたしはユーリアの対面に座って待っている。
わたしの後ろにはエリンたち3人。
ユーリアの後ろにはシェリル1人。
3対1だ。
この数の差はいざというときのために覚えておくとしよう。
都合がいいことに、3人は武器を取り上げられることなく携行したままだ。
迂闊だな、ユーリア。
それともシェリル1人でこっちの手練れ3人を抑えられるとでも思っているのか?
ふふん、後悔するぞ、その思い上がり。
ドアが開いた。
見覚えのある赤髪の女戦士が入ってきたので、わたしは先ほどの思い上がった心の声を即座になかったことにした。
国家級冒険者レベッカ。
久しぶりに見るけど、あいかわらず見た目でだけで強いとわかる。
当然、装備品はすべてCランク以上で、曰くありげな両手剣はBランクだ。
決して武装で威圧感を水増ししているわけじゃなく、本人のパラメータもえぐい。
平均能力値が50を超え、力に至っては100を超えている。
とはいえ、これで3対2。
まだ互角くらいはあるか?
レベッカは入室すると軽く目礼をして、ユーリアの背後に移動した。
そして、小柄な人物が入ってきた。
「お師匠さま!!!」
このとろけるような声。
脳にじんじん響く。
さっきまでの殺伐とした気分がすっと溶けていってしまう。
ベスは、たたたっと駆け寄ってきて、そのまま抱きついてきた。
わたしも抱き返して、ベスのやわこい感触とベスの匂いを思う存分味わう。
くんかくんかくんかすーはーすーは!
すりすりぬりぬり!
うーんこのふわふわの髪、本物のベスだ。
もちもちの頬っぺたもベス。
このまま抱きベスしたままベッドにごろんとしたい……。
はっ!?
と我に返ると、向かい側でユーリアがニンマリと満面の笑顔だ。
いかん……。
このように感情を露わにしては敵に弱みを握られてしまうではないか。
まあ、もう今さらなんだが。
わたしは断腸の思いでベスを引きはがして、よく観察した。
パッと見た感じ悪いところはなさそうだ。
血色がよく、肌もつやつやしているから、栄養状態に問題はなく、監禁されて運動できないという状態でもなさそうだ。
背が少し高くなったように思える。
それから他の生徒と同じ制服を着ている。
着させられている。
待っててベス。
すぐにそんな汚らわしいもの脱がしてあげるから。
素肌のままのあなたにしてあげるから!
「あっ……」
と、ベスがさっと身を離した。
邪なオーラを感知されたのだろうか?
と思ったけど、そうじゃないらしい。
ベスはかしこまって丁寧にお辞儀した。
「ご無沙汰しておりますお師匠さま。それに姉弟子さま方。ご壮健でなによりです」
「おひさだよ!!」
「お、おひさしぶりです……」
「べつに弟子ではないけど、元気だよ」
エリン、ルイーズ、テルマもそれぞれの形で再会を懐かしんだ。
わたしたちはお互いの無事を喜び合い、離ればなれになっていた間のことを報告しあった。
とはいえ、こちらの状況をベスはだいたい知っていた。
わたしがミルトンの三部会代表になり、エリンたちが討伐大会で活躍して名を馳せた。
そのへんのことは王都でも噂くらいには上がっていたらしく、尾ひれのついた部分を訂正するだけで済んだ。
尾ひれ、といっても絶対に訂正しなきゃいけないやばいやつもあった。
城壁にアミリアヌス兵300の首吊り死体を並べたのがわたしの仕業になっていたことだ。
なんでやねん。
わたしはディ・ソラリ直筆の処刑命令書をこの目で見たんだぞ……。
それをディ・ソラリ軍の兵士が読み上げるのも横で聞いてたし……。
ベスが聞かされた噂はこうだったらしい。
クーデターに激怒した『黒の魔女』がアミリアヌス卿を夜な夜な焼き討ちして消し炭に変えた。
そして、その配下300を問答無用で吊るしてしまった。
黒の魔女の怒りはなおもおさまらず、アミリアヌスを派遣した王都に攻め入りことごとくを討ち滅ぼすために軍を編成している、と。
「黒の魔女に首を吊られる、と王都中の子どもが首を隠して震え上がったとのことです」
ベスはそう言ってころころ笑った。
笑い話ではないね、うん。
なんだろう、微妙に事実を混ぜるのやめてもらっていいですか?
なるほど……。
子どもたちがわたしを見て逃げていったのはそういうことだったのね。
細かい部分を訂正しようにも、ユーリアの目が光っているのでそうもいかない。
子どもの噂ってのは怖いなー。
そんなやばいデマもあったけど、ベスの持っている情報はおおむね正確だった。
いちいち「さすがですお師匠様!」とか「姉弟子さまなら当然です!」などと持ち上げるものだから、わたしたちはすっかりきもちよくなってしまった。
「わたしたちのことはいいから、ベスのことを聞かせてよ」
このままだと敵の前で体がとろけて動けなくなってしまいそうだったので、話をベスのほうに振った。




