89話「魔術兵4」
翌朝。
近所の屋台で朝食を買って宿に戻ってくると、すでにシェリルが受付で待っていた。
普段は目にすることがないであろう美男の貴公子(女)を間近で見た受付のおばちゃんや奉公人の女の子が乙女の瞳になっている。
考えてみればこのシェリルも王様の子どもなんだよな。
貴族なのに毎日わたしのような下々の者の案内をさせられて大変だなぁ。
ん、落とし胤って貴族じゃないんだっけ?
まあいいや。
見た目が貴族なら貴族っしょ。
わたしたちは馬車に乗り、シェリルの先導に従った。
すぐに気づいた。
この方向は……旧城門だ!
街路を進み、旧城門の前まで来た。
シェリルは馬から下りることもなく、わたしたちの方を振り返りつつ門兵と何事か言葉を交わしている。
門兵が手を振って、馬車を進めるように合図した。
職質もなしでフリーパスらしい。
城門をくぐるとそこは王都だった。
今度こそ。
馬車がすれ違う必要もないほど幅が広い大通り。
いたるところに張り巡らされた水路。
通りに面した建物は美観を重視しているのか、色や高さが統一されている。
開放的でありつつ、人の流れが絶えない。
統一感のある整然とした街並みが円状に続き、中心にいくほど高い建造物が目立つようになる。
そして、ひと際高い尖塔をもつ威風堂々の王城。
まるで都全体が1つの巨大な塔みたいだった。
これこれー!
これがわたしの求めてた王都感!
城門から目的地までは、ぐるっと迂回するように進んでいった。
昨日の件があるから、またシェリルが迷ったのか思ったけど、違った。
馬車が進みやすいように道幅が広い大通りを選んでいることもあるし、どうやら王都見物のためにわざと遠回りしているフシもある。
ミルトンでは見たこともない大きなレストランやショッピングモールのような商店街もあった。
暇があったら是非立ち寄りたいものだ。
暇があったら……の話だけど。
おかげでたっぷり王都見物ができて楽しい時間を過ごせた。
少し気になることはあった。
わたしを見た子どもたちが、なぜか顔を引きつらせて逃げていくのだ。
黒髪に差別心でもあるんだろうか?
珍しいな。
この世界には黒髪がいないようだから、珍しがられることはあっても、珍しすぎて差別対象にすらなってなかったのに。
……馬車に乗るときに馬糞でもついちゃったのかな?
わりとよく踏んじゃうんだよな……。
これから王女に会うというのにクソ塗れでは礼を失するにもほどがあるので、念のためチェックしておいた。
目的地は周縁部と中心部の境目あたりにあった。
広大な敷地が塀で囲まれ、いくつかの建物が併設された施設。
「シェリルさんここは……?」
「王立魔術学校です」
―――
王立魔術学校の開校は3年前。
王女ユーリアの主導で設立された。
王都中から才能のある人物が集められ、学生として日々学んでいる。
魔術学院との主な違いは2点。
1つめ。
在野の魔術師たちによって運営されている私的組織の「学院」とは違い、王立である点。
学院では、一定以上の魔術を習得して「導師」として認められた実力者が自分で弟子を選ぶ。
導師は、自分の裁量で弟子を指導していく。
もちろん最低限の基礎課目のような方針はあるけれど、弟子をどう指導するかは基本的に導師の自由だ。
教育方針が導師によってバラバラのため、弟子のレベルがまったく安定せず、飛びぬけた一部の天才と大量の落ちこぼれを生みかねない、ギャンブル性が高いシステムである。
しかし、「学校」では教育方針は校長によって定められ、明確なカリキュラムが存在する。
学生たちは初年度から同じ課目を学び、習熟度合いに応じて、段階的に次のステップへと進む。
教師によって授業内容がまったく異なる、などということはなく、誰に教わってもある程度は同じことを学ぶことができる。
教師も学生も自由度が低いため、独創性を養う点では弱いが、そのぶん学生の同質性が保証される。
つまり、わたしが知っている学校と同じシステムだ。
2つめ。
「理論・研究」という魔術の学問的な分野を重視しているのが学院だとするなら、学校は「実践」を重視している。
1年目に徹底した座学を行うことで、学生は初歩的な魔術理論を網羅的に習得する。
2年目からは座学の時間を減らし、魔術の実践的な訓練の時間を増やしていく。
3年目になるとひたすら訓練実習。
これにより、学生たちは魔術を使うプロとして養成されるのだ。
学院は「プロの魔術師」を育て、学校は「魔術を使うプロ」を育てる。
シェリルから受けた説明をわたしなりに解釈すると、そういう理解になった。
実際の説明では、もっと魔術学校を持ち上げて、魔術学院を貶める話しぶりだったけど、そのへんの身びいきバイアスは適当に自分でフィルタリングしておいた。




