85話「王都へ3」
街道を抜けるとそこは王都だった。
丘の上から見る王都は、壮観の一言。
どこまでも広がるような輝く純白の街並み、整備された水路、天を突くような尖塔、荘厳な大聖堂。
美しさと巨大さを兼ね備えた、まさに王都にふさわしい圧倒的な美観…………。
そんな光景はどこにもなかった。
壁。
壁しか見えねえ。
王都に近づくにつれ、地平線の向こうに高い建造物が見えてきたのだけど、それはすべて高い城壁だった。
壁の一部から塔の尖端みたいなのがちょこんと頭をのぞかせているけど、あれが王城の上部分だったりするのかなーと思う程度で、あとはひたすら壁。
そのちょこん塔も近づくとすぐに壁の輪郭に吸収されてしまった。
壁が高すぎて圧倒されたといえば圧倒されたと言えるけど。
周りは平たんな地形で、大きな川はあるけど、王都の全景を楽しめるような丘はない。
なんでだよ、ファンタジーの王都っていえば丘からの眺めが定番だろうが!
まあ考えてみれば、かんたんに内部構造が筒抜けになってしまうような場所に都を建造したりしないだろうな。
わたしが建設大臣だとしても、そんな迂闊なところには都を造らない。
もし都全域を見渡せる丘があったら、敵勢力に物見や布陣で利用されないように、土木工事をして取っ払うだろう。
ついでに土や岩なんかの資材も取れそうだし。
壁の下についた。
間近で見ると、いちばん印象として近いのはダム。
水を抜いたダムの底から見上げてる感じ。
街道の終点と城門は直結しておらず、そこから壁にそって敷いてある道をぐるりと移動することになった。
不便だ……。
これも敵軍が攻めにくいように、わざと不便に設計したんだろう。
整備されて走りやすい道を安易に使えば、城門までのあいだ壁の上から攻撃を受け続けることになる。
たぶん30分以上かかって、ようやく城門についた。
そこにはたくさん人がいて、入城待ちの行列をつくっている。
道の途中ですでに馬車の渋滞が始まっていたから想像はしていたけど、すごい人の数だ。
ずらりと並ぶ人をさばくためか、兵士も数十人いる。
城門は大小合わせて8つあるそうだから、全体としては城門の守備兵だけでも何百人もいることになる。
うん。
この人数、さすが王都だ。
入国検査というか、税関というか、不審者検めは、すんなり通過できた。
積み荷はなにもないし、こっちの身分はしっかりしている。
兵士も怪しいやつを探して目をギラつかせている、という感じじゃなく、「はい次! 次急いで!」と流れ作業みたいに入城希望者を通している。
警戒度でいえば、空港の税関職員のほうがよっぽど張りつめている気がする。
まあこの世界には自爆テロとかないだろうしね。
『鑑定』してみると、兵士の武装はお粗末の一言。
ほとんどがEランクの武具で、Dランクを装備しているのは10人に1人か2人。
腕前も知れたもので、そもそもEランク武具しか装備できない「装備力」の兵士もいる。
数の多さだけは立派だけど、この装備と腕で今のミルトンに来たら街にたどりつく前に死ぬだろう。
目を血走らせて収穫しているミルトン農民のほうがよっぽど強い。
王都の守備兵なんて言うからにはディ・ソラリ兵みたいな精兵集団を想像していたんだけど、ちょっと拍子抜けした。
……増援が頼めたとして、来るの、まさかこの人たちじゃないですよね?
魔物にエサを与えるだけだぞ、これじゃ。
冗談抜きで。
―――
なんて不安に思いながら城内に入ると、また広大な平地が広がっていた。
「あれ、城壁のなかに入ったよな?」
と、わたしは思わず壁を振り返ってしまった。
畑や菜園や牧野のある農家があったり、馬屋や宿屋といった西部劇みたいな簡素な宿場町があったりするけど、建物はポツンポツンといった感じで、全体的に空き地が目立つ。
目に映るものでいちばん立派な建物は、石造りの兵舎だ。
そして、はるか平原の向こうには……また壁。
がっくり。
なんだかんだ言って、ミルトン以外の街を見るのは初めてなわけだし、わたしはけっこう王都行きを楽しみにしていた。
ヒドンガルドももちろん街ではあるけど、何千人ものドワーフが暮らす立派な街ではあるけど、あれは岩窟ホテルというか、でかい地下牢というか、特殊すぎてなんか街を見た数に換算したくない。
「王都感どこいったの……わたしの感動かえして……」
「まあまあ。ここはまだ新市街の外れだから。しばらく行けば街並みにつくさ」
テルマがフォローするように解説してくれた。
なんでも王都は中心部に旧市街があり、向こうに見えている旧城壁はそれを守るためのものだったという。
人口が増えたせいで手狭になり、旧城壁の外へ街が広がり、それを守るためにさっき通過した新城壁を築いた。
旧城壁の内側が旧市街。
旧市街がもっとも栄えており、今わたしたちがいる外側の新市街はまだまだ発展途上らしい。
テルマの言葉通り、しばらく移動すると街並みが立派になってきた。
家屋や商店が密集するようになり、2階、3階建ての建物が増えて街らしくなり、雑踏から住民の活気や賑わいが伝わってくるようになった。
街路がしっかり整備され、大通りには石畳が敷かれているところもある。
旧城壁の下あたりまでくると、ようやく大きな街に包まれている感覚がした。
旧城門の前についた。
ここに王女の使いの人が迎えに来てくれているはずなんだけど……。
あ、いた。
1人だけ絵画から出てきたみたいなオーラがあるから1発でわかった。
立ち姿が凛として美しい、青髪ショートカットの麗しい貴公子(女)。
シェリル・ノア。
王女ユーリアの側近にして、腹違いの姉。
隣にいる馬さえも駿馬に見えてくるから不思議だ。
シェリルは馬車の御者席に座るわたしに気づくと、お辞儀をして合図してきた。
わたしたちの到着はまる1日遅れているわけで、そうなるとあの人、昨日もあの凛とした立ち姿でずーっと待っていたんだろうか?
申し訳なさはあるけど、なんかちょっと笑える。
シェリルはとくに怒った様子もなく、長旅を労う言葉をかけてくれた。
内心はわからないけど。
笑顔もないけど。
「あのー、遅れてすみません。怒ってらっしゃいますよね?」
「怒っていません」
真顔のシェリル。
眉毛ひとつ動かさない。
も、もともとこういう表情の人なんだろう、きっと、たぶん。
整った顔の美人がずっと真顔だと怖いんだよな……。
つーか。
「やはり、怒ってますよね?」
「怒っていません」
「ほんとですか? ふつう怒りますよ」
「怒らせたいのですか?」
あ、ちょっと眉毛がぴくっとした。
それはともかく。
ここから先は先導してくれるというので、素直についていくことにする。
いよいよ旧城門のなかに入って、本物の王都をお目にかかれるぞ!
わたしのファンタジーようやく始まるな!
と思ったら、馬に乗ったシェリルは壁沿いの道を進んでいく。
「あのー、入らないので?」
わたしが壁を指さすと、シェリルは肩越しに振り返った。
「殿下は新市街のとある場所でお待ちです」
本物の王都感は、またおあずけになった。
あ……。
とんでもないことに今さら気づいた。
迎えのシェリルを待たせていたということは、当然、彼女を遣わせたお人も待たせていたわけで……。
どうか王女が怒っていませんよーに!




