77話「討伐大会10」
大会20日目終了時点。
大会も終盤を迎えたこの夜、堅実なことで有名な賭け屋は、最終オッズを発表した。
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・『あの雲の彼方へ』 :1.2倍
・『ミルトン初心者の会』:1.1倍
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なんと、大会期間を通じて1位の座を守り続けている『あの雲』を差し置いて、Dランクパーティに評価の軍配をあげたのである。
その理由を問われた賭け屋は、
「ポイント差が詰まってるし、勢いが違ぇよ。雲は石橋を叩きすぎた。石橋ってのは叩かなくていいように石で造ってあるんだぜ?」
と、うそぶいたという。
みんな雲に賭けた。
―――
大会24日目。
エリンたちは森の中にいた。
小高い丘に茂った木々に身を隠しつつ、すぐ近くの洞窟の様子を窺っている。
洞窟の入り口には、人の子どもほどの背丈の小鬼――ゴブリンが2匹いる。
その日は巡回の当番だったので、朝から近隣の村々を巡り、安全を確認していった。
討伐大会中とはいえ、冒険者ギルド側には巡回を怠るつもりはない。
もともとミルトン周辺の安全を守るために討伐大会を開催したのだから。
もちろん、参加するしないは各パーティの自由だが、ミルトン出身者のみならず多くのパーティが快く当番を引き受けている。
エリンたちは昼過ぎには割り当てられた地域の巡回を終え、帰路についたのだが、そのとき通りかかった森でゴブリンの痕跡を見つけたのだ。
森に分け入ってみると、洞窟があり、ゴブリンがいた、というわけだ。
「いると思う?」
「はい、たぶん……匂いますから……」
ルイーズはテルマの質問にうなずいた。
洞窟からうっすらと漏れ出た煙が、風にのってここまで漂ってくる。
妙な匂い。
胸がざわつくような、下半身がむずむずするような、嗅いでいると落ちつかない気分になる匂いだ。
ゴブリンシャーマンは洞窟で香を焚く習性がある。
だから、変な匂いのする煙が立っているときはシャーマンがいる証拠になる。
煙がないからといってシャーマンがいない、ということにはならないが、その逆の場合は可能性が高くなる。
「きっと、前に逃がしたシャーマンだと思います」
「だそうだ。どうする、リーダー?」
テルマがエリンに水を向けた。
エリンはちらっと空を見る。
すでに日が暮れかかっている。
夜間、洞窟でゴブリンと戦うのは危険な行為だ。
すこし考えたあと、エリンは結論を出した。
「やろう」
「そういうと思ったよ」
「あたしたちには逃がした責任がある」
2人はやる気だ。
一瞬、ルイーズは反対しようとかとも思った。
だけど、状況を考えて、そうしなかった。
シャーマンが香を焚くのは襲撃の兆候だ。
麻薬効果のある煙を洞窟内に充満させて群れにたっぷり吸わせることで、気分を昂揚させ、凶暴化させ、死を恐れぬ半狂乱の兵隊に変える。
だから、この群れは今夜近くの村を襲うつもりだろう。
エリンが言ったとおり、シャーマンを逃がした責任は大きい。
村に被害が出たら、申し訳が立たない。
それに、出撃した群れを叩くのなら、洞窟に入らなくて済む。
外で戦うのであれば、ゴブリン討伐は初心者でもできる程度の難易度でしかない。
群れが外に出てくるのを待ち伏せして、まとめて殲滅。
そういう作戦なら、とルイーズも同意した。
―――
待った。
すでに辺りは薄暗い。
日が暮れてしばらくたつのに、ゴブリンたちが出てくる様子がない。
嫌な感じだ。
さっき見張りの2匹が入っていったのもいい兆候とはいえない。
ふつう、狂乱化したゴブリンは長く待たない。
とっくに先を争うように飛び出してきていてもおかしくないはずなのに。
「様子がヘンだな。辺りを見てこようか」
「お願いします。気をつけて……」
テルマも異変を感じていたのだろう。
まったく音を立てずに、滑るように森の薄暗闇へ消えていった。
ルイーズは嫌な感じが拭えなかった。
なにか見落としたんだろうか?
もしかして、別の出入り口がある?
と、考えて、すぐにその考えを打ち消した。
まだ、洞窟から煙が漏れ出ているから、少なくともシャーマンはあの中にいる。
「まずいことになった」
「ふぇっ……!?」
突然、闇の中から声がしたので、ルイーズは思わず悲鳴を漏らした。
「落ちついて。わたしだよ。あと、落ちついて」
テルマがそう言いながらルイーズの肩に手を置くのと、それが現れるのはほぼ同時だった。
バキバキ!
と耳障りな音を立てて、木がへし折れた。
新手のゴブリン。
だけど小鬼ではない。
見上げるような屈強な巨漢――ロードだ。
ロードの傍には成人男性と同サイズのホブゴブリンが2匹付き従っている。
ロードもホブもこん棒で武装している。
人間から奪ったものだろう。
木が折れる音を聞きつけてか、洞窟内から何匹ものゴブリンが出てきた。
醜悪な魔物はどいつも血走った眼をして、口から涎をまき散らし、よほど狂乱化が進んでいるのか、半裸どころか腰布さえつけずに陰部が丸出しのやつまでいる。
こん棒や、鋤、鍬のような農具というバラバラの武器を持っていた。
どれもこれも人間から奪ったものだ。
おそらく、村人から。
どうやらロードの合流を待っていたようだが、あの様子ではギリギリの状態、あと少しで暴発していただろう。
10匹を超えるゴブリンたちが洞窟から出てくると、最後に杖を持った個体、ゴブリンシャーマンが姿を現した。
ロードとホブの存在は厄介だけど、ロードが率いる群れは多ければ50以上にもなるから、群れとしては比較的小規模だ。
少なすぎるとも言える。
「出そろった?」
「はい、たぶん……」
「よーし。じゃあ、あたしはロード。テルマはシャーマン。残りはルイーズのぶん!」
「あ、待ってくだ――」
しかし、エリンはもう飛びだしていた。
一直線にロードへ駆けていく。
暴発寸前だったのはゴブリンだけではなかったようだ。
ルイーズは、ずっと感じている嫌なものを頭の片隅に押しやって気持ちを切り替えた。
ロードは脅威だけど、エリンなら後れを取らない。
不意に、シャーマンの脳天が破裂するのが見えた。
遅れて、矢が空気を切り裂く音が響く。
テルマの得意技『瞬速の矢』だ。
シャーマンは悲鳴もなくその場にズルリと崩れ落ちた。
ルイーズは自分の役割に集中することにした。
雑兵たちの行動を制限する、それが自分の役目だ。
奇襲に面食らったのか、ゴブリンたちの足は止まっている。
森の中で火術は使えない。
それなら、とルイーズは杖の先端を群れに向け、集中を高め魔力を練っていく。
ようやく状況を把握したゴブリンたちが激怒して奇声を上げた。
もう遅い。
「『風裂』!!」
発動した『風裂』はゴブリンたちの間にいくつもの突風を吹き荒れさせた。
吸引し、引き裂き、弾き飛ばす。
周囲の木々から散り落とされた木の葉の緑が赤色へと変わっていく。
素早く結果を観察すると、ゴブリンたちは地面や木に叩きつけられ、体をズタズタに切り裂かれ、這いつくばってひくひくと蠢いていた。
ほとんどのゴブリンの戦闘力を奪ったはずだ。
「とったーーー!」
声にチラリと目を向けると、飛びかかったエリンのアイスソードがロードの首筋を貫き、即座に頭部を凍結させるのが見えた。
あとはホブだけ。
そのはずなのに。
嫌な感じが消えてくれない。
ルイーズはもう1度状況を確認しなおす。
ソルジャ多数(行動不能)、シャーマン1(死亡)、ロード1(死亡)、ホブ2。
やっぱり、あとはホブを2匹――
と思いかけたところで、気づいた。
シャーマンが1匹しかいない。
あの日取り逃したシャーマンは2匹なのに。
「がべっ!」
悲鳴?
ドン!
となにかがすごい勢いで横の木に叩きつけられた。
見ればテルマが倒れていた。
木に叩きつけられたせいか、苦悶の表情で腹を押さえている。
テルマがなにかを指さした。
ルイーズは指し示す先を見る。
森の奥からのそりと巨体が姿を現した。
ロードだ。
ロードはもう1体、いたのだ。




