76話「討伐大会9」
大会期間の折り返しを受けて、堅実なことで有名な賭け屋は、新たな優勝オッズを発表した。
---
・『あの雲の彼方へ』 :1.3倍
・『パワーイズマッスル』:1.2倍
---
なんと、1位の『あの雲の彼方へ』を差し置いて、『パワマス』に最高評価を与えたのだ。
その理由を問われた賭け屋は、
「パワマスは3人ともアタッカーでゴリゴリの武闘派だ。雲が小物狙いでちまちま稼いだポイントなんぞ、あっという間に筋肉でぶち抜いちまうさ」
と、うそぶいたという。
―――
討伐大会16日目、朝。
ミルトン市街地城門。
ぶかぶかの魔術師帽を頭にのせた小柄な少女が石垣に腰かけていた。
横には、やはり体に不釣り合いな長い杖が立てかけてある。
小柄ながらも出るところは出たアンバランスな体つきに、通りすがりの商人がエロい目を向けていく。
ロリ巨乳の少女――ルイーズは不安だった。
エリンとテルマが待ち合わせに遅れているから、ではない。
ただルイーズが早く来すぎてしまっただけで、2人はまだ遅れていない。
今日からパーティ『ミルトン初心者の会!』は小遠征の旅に出ることになっている。
それが不安なのだ。
討伐目標は火食い蜥蜴。
赤い表皮と長い舌が特徴的な大トカゲで、その形状から精霊のサラマンダーと同一視されることもあるが、まったくの別物だ。
火のあるところに出没することが多いから、世間では「火を食っているのだ」と誤解されることが多いけれども、実際は違う。
火のあるところには人間がいることが多い。
それを知っているから寄ってくるだけで、火を食ったりはしない。
食うのは人間だ。
火食い蜥蜴が存在する環境では、人間は食物連鎖の頂点ではない。
頂点捕食者は火食い蜥蜴なのだ。
大会が始まってから、エリンはおかしくなった。
元からおかしいところがあるのはルイーズも認めるけど、それにしたってだ。
狙う魔物が大物ばかりになってしまったのだ。
アイスゴーレム、脅威度C。
ゴブリン集落、脅威度D→C。
ヒルオーガ、脅威度C。
脅威度Cランクの格上ばかりを目標にしている。
ゴブリン集落は事前情報ではDランクだったけど、行ってみたらロードがいた。
王に率いられている時点で脅威度はCランクに引き上げられるし、シャーマンも2体もいたから、本来なら引き返すべきだった。
引き返してギルドに報告し、他のパーティと共同戦線を張るなりなんなりの準備をしてからあらためて討伐しに行くべきなのに、エリンはそのまま特攻した。
「ロード。むしろ、おいしいっ! おいC!」
とかなんとか目を輝かせて。
結果的に撃破することはできたけど、危ない場面はいくつかあったし、シャーマンも逃がしてしまった。
一歩間違えれば全滅していたのはこっちだった。
ゴブリン相手に負ければ、女の身に待っているのは……。
ぶるぶる、と頭を振ってよくない想像を振り払う。
とにかく、最近のエリンはおかしい。
祭り気分で浮かれているのもあるだろうけど、外から来た強者の存在に影響されているからだとルイーズは思う。
有名な冒険者と張り合うように、大物狙いが加速しているのだ。
こっちはまだDランクなのに……。
そして、火食い蜥蜴。
火食い蜥蜴は単体でも脅威度C、2体いればBランクに評価される本当に危険な魔物だ。
今度こそよくないことが起きる。
そんなわけでルイーズの大きな胸は不安でいっぱいなのだった。
通りのほうから笑い声がした。
目を向けると、街路の向こうからエリンとテルマが談笑しながら歩いてくる。
屋台で買ったと思われる焼き串を頬張りながら。
2人にはまったく緊張感がない。
ルイーズは決意した。
わたしが説得しなきゃ、と。
後衛の魔術師は、パーティを後ろから補佐するのが役目。
仲間が無謀な挑戦をしようとしているなら、それを諫めるのも魔術師の役目なのだ。
朝の挨拶もそこそこに、ルイーズはさっそく切り出した。
「あの。今回の遠征、やっぱり考え直しませんか?」
「ん~はんで~?」
エリンは肉をもぐもぐしている。
「火食い蜥蜴はほんとに危険なんです!」
「んぐっ。だいじょぶだいじょぶ、ヨシノさんからすっごい武器もらったからー!」
「え、武器……ですか? ヨシノさんが?」
ルイーズは驚いた。
ヨシノは日ごろから「防具! 安全! 安全! 防具!」と口うるさいほどだけど、自分は戦わないからか、武器にはあまり関心がない。
「じゃじゃーん! アイスソード! ててててーん!」
エリンはこれみよがしに剣を抜き放った。
美しい刀身が、朝日に青く輝く。
うっすらと霜をまとっていて、一目で冷気属性を付与されているとわかる。
なにやら、殺してでもうばいとられそうな魅力がある剣だ。
「すごいっ……けど、高ランクじゃないんですか? 扱えるんですか?」
「なんかあたし、剣だけは高ランクを装備できるようになってたみたい。ヨシノさんも驚いてた!」
エリンはふふん、と鼻高々になる。
「わたしももらった。ヨシ姉が武器を重視するって珍しいよね」
と、テルマが矢筒を差し出した。
受け取って見てみると、数本の矢じりがアイスソードと同じく青い光を放っている。
エリンとテルマは新しい武器をもらったことがよほど嬉しいらしく、「えへへ~」「やめろって~」とお互いをツンツンとつつき合う。
完全に浮かれ散らかしている。
「氷武器で染めたから、火食い蜥蜴対策はバッチリだよ!!」
「エリンちゃん、火食い蜥蜴が冷気弱点というのは誤解で……」
「だいじょうぶさルイーズ。動物の体は水分が多い。実質弱点みたいなものじゃないか」
「テルマさんまでそんなことっ……!」
ルイーズは困惑した。
いつもは冷静なテルマまで浮かれている。
だいたい、こんな危険な討伐遠征についてヨシノが文句を言わないのもおかしい。
新しい武器を与えて、むしろ助長している始末。
みんなおかしくなってる。
やっぱり、わたしが止めないと!
「聞いてくださいっ! 火食い蜥蜴はほんとに危険なんですっ!」
「わかってるよー」
「わかってませんっ! わたしたちのパーティ名を思い出してくださいっ!」
「『ミルトン初心者の会!』でしょ」
「そうです。初心者なんですから、初心を忘れちゃだめですっ……!」
「んーでもさー」
と、エリンが上を向いて考えるようなそぶりを見せる。
「今日行くメリダ村ってさ、牛乳がおいしいんだよね」
「また、食べ物のはなしですか……!」
「じゃなくてさ、それって、村人が牛を大切に育ててるからだし。牛に被害が出たらおいしい牛乳が飲めなくなる。あたしも村人も悲しい、よね?」
「それはそうですけど……」
「それに、あたしたちが危険なら、村人はもっと危険。初心者かどうかは困ってる人には関係なくない?」
「うぅ……」
ルイーズは胸がつまる思いがした。
こういう人だ。
こういう人だから、ついていきたくなるし、でも心配になる。
「それにさっ、アイスソードでズバッと火トカゲの氷弱点をつくから、へーきだって!」
「わたしの氷の矢もあるしね」
「だからそれは……」
と、言いかけて、ルイーズは口をつぐんだ。
わたしがしっかりしよう。
しっかり、サポートするんだ。
ルイーズは愛用の杖をぎゅっと握りしめた。
―――
大会19日目、夕刻。
その日届いた2つの知らせが、ミルトンに大きな驚きをもたらした。
1つめ。
近隣の村を襲っていた火食い蜥蜴をDランクパーティの『ミルトン初心者の会!』が単独撃破したというものだ。
火食い蜥蜴といえば、ほんの少し前までこの辺りに出没することなど考えられなかった、災害クラスの魔物。
しかも3体の同時討伐である。
火食い蜥蜴3体の襲撃とあれば、放っておいたら村人も家畜も残らず食い殺されていたに違いない。
それどころか被害は周辺地域にも及び、複数の村が全滅していた可能性もある。
Cランクパーティでも複数で当たるべき危険な討伐を、Dランクのパーティが単独で成し遂げてしまったのだから、これはとてつもない快挙といえよう。
2つめ。
『パワーイズマッスル』が討伐に失敗して重傷を負い、撤退したというもの。
3人は怪力無双の戦士だが、スライムの群れ相手にその破壊力は通用しなかったのだ。
スライムは半液体の魔物であり、物理的な打撃をほとんど無効化してしまう。
ゆえに、戦うときには魔術師が必須といわれるほどで、相性が悪すぎた。
さしものパワマスもメンツの丸つぶれであった。
―――
大会20日目終了時点順位。
---
1位:『あの雲の彼方へ』
2位:『ミルトン初心者の会!』
3位:『ベナンズ』(リタイア)
4位:『パワーイズマッスル』(リタイア)
---
複数の討伐依頼をこなして手堅くポイントを積み上げた『あの雲』が磐石の1位。
大金星を挙げた『ミルしょ』が2位に躍進。
優勝争いは、くしくも王都勢と地元勢の一騎打ちとなった。
これにはギャラリーも興奮の度合いを高める。
2つのパーティは個性が対照的なのもまた、盛り上がる要因であった。
有名と無名。
王都出身のエリートと地元出身の初心者(自称)。
討伐数の多さと討伐内容の濃さ。
『ミルしょ』を応援する人が増えていくのは当然の流れと言えるかもしれない。
そうして加熱した討伐大会はクライマックスに突入するのであった……。




