73話「討伐大会6」
ミルトン商業地区の裏通り。
ここは酒場がひしめく繁華街に近いので、夕方になれば人通りが多くなる。
けれど、昼下がりの今は人影もまばらだ。
わたしはレベッカの後をついて歩いていく。
彼女の仲間たちは2人1組になり、わたしたちを前後からサンドイッチするように、すこし離れたところを歩いている。
これは警護なのか、それとも……。
魔術師らしき人が前側を担当しているのは「インビジブル」でステルス接近してくる輩への対策なのかな、と思ったけど、素朴な好奇心を発動して質問できるような雰囲気ではない。
レベッカは、ある宿の前で立ち止まった。
一般的な冒険者や旅行客が利用することが多そうな、安くも高くもないミドルクラスの宿だ。
この界隈にはこのクラスの宿が多い。
上流階級ゴシップマニアのセンサーにも引っかからず、安宿に住んでる者たちの底辺噂ネットワークにも乗らない、特徴のない宿。
わたしの店からこの宿までの経路は最短距離ではなかった。
尾行を警戒でもしてたんだろうか?
それだけ警戒するということは、この中にいるのはやっぱり……。
レベッカがうなずきかけると、仲間の1組が小走りで宿の中に入っていき、もう1組は表に残った。
「親方、こちらへ」
「はい……」
簡素だけど清潔感のある宿の受け付けには、誰もいない。
不用心というより不気味だ。
廊下を歩いているとき、いくつか部屋の前を通りかかったけど、人がいる気配はしなかった。
人払い済み、と。
この建物にたぶん他の客はいないだろう。
2階の廊下奥の部屋に来ると、レベッカが室内に声をかける。
「奥様、ただいま戻りました」
「お入りください」
レベッカはドアを開け先に入ると、わたしを招き入れた。
奥様ねえ……。
どういう設定でくるんだろう?
室内はなんの変哲もない客室だ。
ベッドが2つ、簡易的なワードローブ、書き物用の机。
一般的な2人部屋だ。
やはり、いた。
ユーリア王女だ。
ユーリアは窓際の椅子に姿勢よく座り、その傍らにはシェリルが超然と立っている。
2人とも町民がちょっと特別な日にする装い、みたいな服装をしているけど、あれで変装のつもりなんだろうか?
編み込みの入った輝く金髪のせいで台無しだ。
こんな太陽みたいな美しい髪の町民がどこにいる。
たしか、王女は公式的にはもうこの街にいないはずだ。
開会式の翌日には王都への帰還の途についた……ことになっている。
「おかけになってください」
と、言われたので、しぶしぶ座った。
座るの嫌いなんだよなぁ……。
悪い話だと予告されてるみたいだから。
「初めまして、スズキ親方。わたくしユーリアと申します。商家の未亡人をさせていただいてますのよ」
「どうも。はじめまして……?」
「急にお呼び立てしてごめんなさい。朝から少し気分がすぐれなかったもので、部屋を出られませんでしたの。でも、わたくし、御高名なあなたとどうしてもお話ししてみたくって。このように粗末な部屋でお迎えすることをどうかお許しください」
「あ、いえ」
粗末な部屋かー。
さっぱりしているけど、べつに粗末じゃないと思う。
宮殿住まいから見るとそう見えるんだろう。
まあ、豚小屋呼ばわりしないだけマシか。
「王女様もこういうところに、宿泊されるんですね」
「……ええ。目立ちませんでしょう? 商売柄なにかと気を遣うことが多いものですから、こういうところのほうがゆっくり眠れますの」
わたしの失言は無視された。
あっぶねー!
べつにカマかけたわけじゃなくて、素でうっかり王女様と言ってしまった。
まあ、王女が昨晩ここで寝ていないことは明らかだ。
ベッドは2つともベッドメイクされたままの新品同然だし。
たぶん、さっき来たばかりだろう。
そして、この謁見が終わればすぐに去るだろう。
……。
やーめた。
こういう腹の探り合いっぽい貴族トークに付き合っても、神経が磨り減るばかりで精神衛生上よろしくない。
多少の無礼を働いても、わたしみたいな小物が不敬を理由にどうこうされることはないだろう。
なにしろ、王女様はここにはいないはずなんだから。
よーし。
とっとと、ずばっと本題を聞いていこう。
「それで奥様、ご用件はなんでしょうか?」
「わたくし、ぜひあなたと取引をしたいと思っていますの」
「取引ですか。わたしはしがない鍛冶師ですけど」
「ご謙遜なさらないで。あなたが王都でも見られないようなすばらしい武具を扱っておられることは知っております。そうでしょう、ベッカ?」
主人の問いに、レベッカが「ですね」とややフランクに答えた。
「親方の扱う武具はすべて高品質、高性能です。なにより、状態異常耐性防具、状態異常武器などは、他に類を見ない唯一無二のもの。技術力、発想力、生産力、どれをとっても王都の鍛冶師とは比べものになりません。とくに出色なのはこの盾」
と、レベッカは盾を出して見せた。
昨日市場に投入したばかりの冷気耐性シリーズの盾だった。
「お買い上げありがとうございます……」
買ってもらってうれしくないのは初めてだ。
「試してみましたが、氷の魔術攻撃を防ぎ、けして凍りつかない驚異的な業物です。おそらく冷気そのものへの耐性が付与されています。まさに神業としか言えません」
嘘でしょ?
手に入れてから1日足らずで「冷気耐性」の概念を理解したというの?
信じられない……。
今の口ぶりだと誰かに説明を受けたわけでもなさそうなのに。
何度説明しても、エリンは「氷属性耐性」とか「凍結耐性」とか、ふわっとした理解しかしてくれなかった。
これはエリンの理解力が特別に低いというわけじゃなく、「氷魔術は氷属性」という強い思い込みがこの世界の住人には染みついているからだ。
なのに、入手してからたった1日で「冷気属性」の概念を正確に把握してしまうなんて。
さすがは国家級の冒険者……。
わたしとリュドミラが確立しつつある「新属性理論」を理解されなくて歯がゆい思いをすることが多いけれど、こんなに簡単に理解されるとそれはそれで複雑な気分がする。
「お褒めいただきどうもです。あの、それで取引というと具体的には……?」
「たとえばですけれど、親方はこういった武具をどれくらい揃えられますの?」
「10や20なら、すぐにでも」
ユーリアの表情に変化はなかったけど、がっかりした雰囲気が伝わってきた。
返答がお気に召さなかったらしい。
「わたくしどもは小口の商いはいたしませんのよ。まとまった数、という意味ですわ」
3ケタってことか……。
新発売でまだ評価が定着してない商品なんて、目利きの大商人でもそんな大量の数は注文してこない。
一国の王女様ともなると、さすがにケタが違うね。
「100以上、となると数があまりにも多いので、少し難しいかもしれません」
すると、ユーリアは小さく笑って首を振った。
「親方。わたくしはすでに申しました。小口の商いはいたしません、と。同じことを言わせるおつもりですか?」
まさか……!?
1000以上……!?




