72話「討伐大会5」
「ユーリア・シベリンド・カルバニア。王国のお姫様さ」
いつの間にか横にいたリュドミラがそう言った。
彼女も三部会の代表者の1人なので、席が隣だったようだ。
いつもより多少正装っぽくしているけど、結局いちばん外に濃緑色の導師ローブを着ているため、いつもとほとんど同じに見える。
どこでも普段着でいける魔術師って便利だな……。
「はえーあれが王女様かー」
「デンゼマから招待状が届いたらしいけど、まさかほんとに王族がお出ましするとはねえ。どうゆう風の吹き回しなんだか」
王女ご一行は広場に下り立つと、こちらにやってきて、やはり下段の貴賓席の前で立ち止まった。
王女はすぐには席につかずに、人々へ手を振る。
なんか新年のテレビでよく見たなー、こういう光景。
まあ、席の競合相手がお姫様じゃしょうがない。
こっちは街の有力者といってもド平民だし。
王女のそばに、涼し気な青い髪の男性が付き従っている。
二十代半ばくらいで王女より頭一つ背が高く、凛とした雰囲気だ。
ものすごい美形で、まさに貴公子という感じ。
腰には剣を履いている。
「はえーすっげー美男子。近衛騎士さんってやつかな?」
「男違う。女」
「女ァ!?」
まじまじと見てしまう。
そう言われてみれば、やや体の線が細いし、胸やお尻に立派なものをお持ちだ。
男装の麗人……。
はっ、これはアレなのでは?
「もしや、アレが女騎士……くっころとか言う?」
「なに言ってんだかわかんないけど、騎士でもない」
なんだよ全部ハズレかよ。
人を見る目がないのは自分でも知ってたけど、たいがい呆れるね。
「シェリル・ノア。あれも王の子だよ。妾の子だから王家の一員じゃないけど」
「じゃあ姉妹?」
「さあ。王族の世界じゃ、ああいうのは姉妹って言わないんじゃないかねえ」
手を振る、という高貴なお役目をひとしきり終えたユーリア王女が座ろうとした。
すると、横手から武骨な人物が滑りこむように近づく。
赤いロングヘアーの筋肉質な女性で、特徴的な毛皮の襟付きマントを着ている。
式典にはふさわしくない格好。
どう見ても戦士、そして冒険者だ。
「あれはだれ?」
「戦士レベッカ。王都の有名な冒険者さ。なんでこんなところにいるんだか」
「おおっすごい!」
「そだね、こんな地方都市のイベントにしちゃ、錚々たるメンツだね」
「そうじゃなくて、リュドミラって人物博士みたいじゃん。なんでも出てくるね」
わたしがそう言うと、リュドミラはニヤリとドヤ顔になる。
「魔術学院の猟犬やってると、自然と人には詳しくなる。いつ狩るかわかんないからさー」
なるほど……。
わたしのことはぜひ記憶から消してもらいたいものだ。
見ていると、レベッカはユーリア王女に耳打ちした。
聞き終えたユーリアが後ろを振り返る。
そして、わたしと目が合った。
えっ?
目が合ってるよな?
気のせいということにして目をそらそうとしたけど、ユーリアはにっこりと微笑み、こちらに手を振ってきた。
わたしはどうしたらいいのかわからなくて、とりあえずペコペコと頭を下げておいた。
優雅な笑みを浮かべてから、ユーリアは向き直って席についた。
今のはだいじょうぶなやつか?
礼儀作法的に。
不敬罪とかで逮捕されないだろうな?
というか、なぜわたしに?
「さすがクロちゃん! ユーリア王女と面識があるとはねえ」
「ないですないです。今の情報は記憶から削除しといて」
「でも気をつけたほうがいいよー? あの王女、相当なくせ者って話だからねえ」
「え? え? それ、どういうこと?」
「妙だ……。この時期に、こんな場所に現れた……。しかも腹心のシェリルつきで。どう考えてもレベッカも手下みたいだし、こりゃタダごとじゃないねえ臭うねえ。調べてみる必要がありそうだねえ」
などとブツブツ言ったあと、リュドミラはわたしを完全に無視してどこかへ行ってしまった。
不吉なことを匂わせて放置していくの、ほんとやめて……。
あと、一応あんたも式典に招かれた御来賓なんだが。
こういうとき気ままに帰れる自由人はいいよなぁ。
わたしは小心者だからめんどくさいと思っていても、後で文句を言われるのが怖くて、ついフルで参加してしまう。
「見たかね?」
と、リュドミラがいたのとは逆サイドから声がした。
カイシンだ。
そういえば、こいつも代表者だったわ。
カイシンはなにやら顔をほんのり赤く染めている。
直感的に「相手したくない」と思った。
ので、とりあえずシカトしといた。
「見たかね?」
もう1回聞いてくるのかよ……。
この敵に逃がすつもりはないようだ。
「……見たって?」
「あの美しき女性が拙僧の目を見て手を振ったことだ。寡聞にしてどなたか存じないが、あの見る目、さぞかし高貴なお方であろう」
「あーなんかあの人、王女様らしいっすよー」
「なんとあれが!? 拙僧の徳もそこまで至っておったか!」
本当にカイシンだったらいい。
ユーリア王女が目をつけたのが、本当にカイシンだったら。
それならなんの問題もない。
その後は気が気じゃなかった。
また振り向くんじゃないか、と目は王女に釘付けだ。
のぼせ上がったカイシンが王女の美しさをキモい感じで語るのも、開会式が始まってデンゼマが祝辞やら討伐大会のルールやらを話すのも、耳に入ってこなかった。
レベッカという有名な冒険者が耳打ちしてから、王女はこっちを見た。
明らかにレベッカは、ここに誰か特定の人物が座っていることを王女に教えたのだ。
おそらく、王女が探していた人物。
どんな人物か、自分の目で確かめたかった人物、だ。
しかも、ただ確かめたかっただけじゃない。
あれはアピールだ。
わたしはあなたを知っています、というアピールだ。
そうじゃなきゃ、偉い人がなんの理由もなく特定の個人に向けて手を振ったりはしない。
ああいうアピールをした、ということは、この後にも必ずなにか動きがあるはずだ。
それはたぶん、ほとんどの人にとって好ましくない事態の訪れになるのだろう。
もちろん、わたしにとっても。
ああ。
本当に、カイシンであってほしい……。
―――
開会式でそんなことがあったのもすっかり忘れていた。
1週間後、わたしの工房に赤いロングヘアーの冒険者が現れるまでは。
有名パーティ『地を這う獣』のリーダー、レベッカ。
彼女はパーティの仲間たちを引き連れ、工房に現れるなり、こう言った。
「スズキ親方。とあるやんごとないお方がお呼びだ」
やんごとないお方。
それ、王女しか該当者いないよね?
ボカす意味ないよね?
やっぱり、カイシンじゃなかった……。




