64話「永氷花6」
天才探索者の導きに従っていくと、すぐに第3階層への階段についた。
壁も段差も岩のように荒い造りだけど、たしかに人の手で加工された階段だ。
第3階層に下りてからもミシャは迷わなかった。
わたしは幼子に手を引かれて、高速でダンジョンを踏破していった。
そして、瞬く間に目的地についた。
自然の岩とは明らかに一線を画す、白い光沢を放つ滑らかな石壁。
複雑なレリーフが刻み込まれた重そうな金属扉。
扉がすでに開いているのが、攻略済みの証と言えるだろう。
ここが最奥の地、ボス部屋……。
わたしはもうミシャを尊敬の眼差し以外では見れなくなっていたので、最初にボス部屋の地を踏む栄誉を譲るかどうか迷ったけど、さすがに先に入った。
万が一、罠が残っていたらまずいし、そもそも踏破済みだし。
ボス部屋は広々としていた。
形は長方形で、広さも学校の体育館くらいだ。
奥のほうには空の宝箱がいくつもあり、その辺りにはガラクタが捨てられている。
たぶん、ここを攻略した冒険者が宝と持ち物を取捨選択した跡だろう。
『強者パーティVSボス』の激戦の名残りとして、血痕でもないかと軽く見渡してみたけど、なかった。
そういえば、そもそもここはボスなしダンジョンだったって話だったか。
ロブロイの話だと、壁際に永氷花が生えていたとのことだったので、わたしとミシャは手分けして四方の壁を見て回ることにした。
しかし……。
広いといっても、しょせんは体育館程度の広さ。
宝箱とガラクタ以外には物もない。
室内はヒンヤリしているけど、冷気を放つ不思議な白い花などないことはすぐにわかった。
「やっぱり、ないか……」
ロブロイが嘘をついたわけじゃないと思う。
彼が永氷花を目撃したのは、このダンジョンが攻略された直後、4か月も前のことだ。
ロブロイは攻略争いで2番手につけていたパーティだったらしいけど、きっとその後に3番手4番手あたりもこの部屋に入ったのだろう。
永氷花はたいした価値もないとはいえ、物珍しくはあるし、飲み物を冷やす氷がわりや、保存食を冷やして長持ちさせることくらいには使える。
おそらく、後追いのパーティが実用目的で持ち去ってしまったんだろう。
ミシャは四つん這いになって移動しながら、壁際を丹念に探しているけど、永氷花はそれなりに大きな植物らしいから大雑把に見たって見落とすわけがない。
母親のために命を懸けてここまで来たのだから、あきらめきれないのだろう。
しかし、わたしはもう切り替えている。
残念だけど、ないものはしょうがない。
素材集めは振り出しに戻った。
元々有望株だったわけでもないから、ないならないで、次の候補を当たるだけだ。
こうなったら、ミシャの母親を助けることを考えよう。
今すぐダンジョンを出る。
いや、この期に及んで主体的な言い方はおかしいか。
今すぐダンジョンからミシャに出してもらう。
そして、ミルトンに引き返して、カイシンなりなんなりの治癒術師を連れてミシャの家へ向かう。
急げば夜にはミルトンにつけるだろうから、順調にいけば明日の昼頃にはミシャの家につけるだろう。
高熱がでる病気といっても、話を聞けば一刻を争うほどの重病ではなさそうだし、間に合う可能性は高い。
でも、ここでグズグズしているのは悪手だ。
だけどなぁ……。
母親のためにあきらめきれない健気な姿を見てると、なかなか言い出しづらいんだよなあ……。
とグズグズしていると、開いた扉から白いネズミがせかせかと入ってきた。
ウサギだった。
「いつまで待たせるのじゃ!」
「こっちもいろいろあってさ。1人でよくここまで来れたね」
「匂いを辿ってきたのじゃ。それに順路を知っていれば5分で踏破できるイージーダンジョンで迷うバカはおらんのじゃ」
「あ、そう……」
バカでーす!
どうやらわたしは探索冒険者にはなれそうもないようだ。
ウサギがしびれを切らして催促にやってきたことで、わたしもミシャにあきらめさせる踏ん切りがついた。
それで声をかけようとしたんだけど、ミシャはすでに立ち上がり、地図を見ていた。
なにゆえ地図?
帰り道を確認しているのだろうか?
「部屋のかたちがへん」
意味不明なことを言うと、ミシャは部屋の角に歩いていく。
角で立ち止まり、2つの壁をチェックし始めたと思ったら、うんうんとなにやら1人で納得しだした。
「ここがね、こうなってね、へんなの」
手を使って図形っぽいものを表現しながら必死に説明してくる。
こう見えてわたしは言葉足らずの人の意を汲むプロだから、だいたいわかった。
ミシャは、部屋が正長方形ではないと言いたいのだ。
四隅の角が90度ではなく、ちょっとずつ角度が違う。
その結果、どうなるかというと……。
……どうなるの?
あと、だからなんなの?
「お姉さん、ここ、こわせる?」
「わからないけど、たぶん……」
わたしは、困惑しながらもミシャが指し示した壁を見た。
なかなか防御力が高そうな石壁だ。
こん棒で壊せるかどうか自信はなかったけど、それでミシャの気が済むなら、とぶっ叩いてみた。
手ごたえは軽い。
まるで石膏みたいに、壁はあっさり崩れた。
崩れた先には…………。
別の部屋があった。
この子、マジで天才探索者かもしれん……!?




