65話「永氷花7」
崩れた壁から隠し部屋のなかを覗きこむ。
三角定規を鋭利にしたような細長い形をしている。
広さはせいぜい4畳半くらい。
某有名魔法使いの少年が押しやられてた階段下のスペースを横にした感じだ。
隠し宝箱、みたいなものはなく、室内には棒状のレバーが1つあるだけだ。
永氷花もない。
レバーねえ……。
わたしは思うところがあって、ボス部屋を振り返った。
部屋の中央に、空の宝箱と散乱したガラクタが見える。
さてはあの宝箱、ダミーだな。
スパイ映画によくある、二重底の引き出しみたいな役割と見た。
おそらくミシャは猟師の娘だけあって、空間認知能力が高いのだろう。
それで、わずかな壁の角度の違いに気づき、隠し部屋を探し当てた。
とはいえ、ダンジョン攻略でトップを走れる冒険者の探索能力がミシャより劣っていたとは思えない。
彼らは心理トリックに騙されたのだ。
入り口からずっと自然洞窟のような天然の迷路が続いたあと、人工感バリバリの部屋が現れれば、目当ての最奥だと思ってしまうのもやむを得ない。
さらに、そこにあった宝箱を開けるために、おそらく彼らはなんらかのギミックを解く必要があった。
苦労して開けた宝箱のなかには、察するに、熟練の探索冒険者を満足させるに足る価値のあるものが入っていたのではないだろうか?
暗く危険な洞窟で、長い時間緊張状態を強いられたあとに、首尾よくギミックを解除して宝物をゲット。
これで気を抜くな、というのは酷な話だろう。
しかし、その満足感と達成感が彼ら熟練探索者の目を曇らせた……。
後からやってきたロブロイたちも、先に攻略されたことへの落胆が大きく、ふだんのような丹念な探索をしなかったのだろう。
だから誰も隠し部屋を見つけられなかった。
ロブロイは「ボス部屋に永氷花が咲いていた」と言っていた。
彼はそもそも隠し部屋の存在を知らなかったわけだから、隠し部屋で見たわけじゃないことは確実。
ということは……。
よく考えるまでもなく、あのレバーはわたしには無関係のものだ。
あれに用があるのはダンジョン探索者であって、植物採集者ではない。
レバーが罠の可能性もあるし、その判別も解除もわたしにはできないわけだし。
「ボスがいなかった」というのも今考えれば嫌な材料だ。
ダンジョンの攻略達成条件が「ボス討伐」もしくは「ギミック解除」なら、あのレバーはその両方のトリガーになりえる。
レバーを引いたら、あらよっとボスが登場したり、がしゃがしゃぎっちょんとギミックが作動したり、そういうことも起こりえる。
つまり、このダンジョンはまだ攻略されていない。
そういう可能性が出てきたわけだ。
うん、触らんとこ。
リスキーすぎる。
わたしは冒険者じゃない。
栄誉も財宝も、ダンジョンには求めていない。
危険を冒すメリットはこれっぽちもないのだ。
「えいっ!」
そうそう、えいってね…………。
は????
ガコン!
と無慈悲な作動音がした。
あわてて隠し部屋を振り向くと、ミシャが体いっぱい使ってレバーを倒していた。
なにしてくれてるですかこのガキ!?
好奇心いっぱいのお年頃か???
目についたスイッチとか全部押して回らないと気が済まないお年頃か???
だからガキの引率はいやなんだよ!
ちょっと目を離しただけですぐふらふらどっか行っていらんことするから!
……ゴゴゴゴゴゴ。
地の底から響くような小刻みな震動が伝わってくる。
縦揺れ地震の直前にくる前兆みたいな揺れ。
つまり、ヤバいってことだ。
「ミシャ、こっちに!」
「ふえ?」
「いいからはよこい!」
わたしはミシャの腕をひっつかんで隠し部屋を出た。
その頃には、揺れははっきりと感じられるくらい大きくなっていた。
地面が激しく縦に落ちこみ、同時に横への揺さぶりが始まる。
視界がブレる。
立っていられない。
天井からなにかが落ちてくるのが見えた。
わたしはミシャの頭を抱きかかえるようにしてしゃがみ、ミシャがウサギを引きこんだ。
違う。
天井から落ちてきているんじゃない。
天井が落ちてきているんだ。
激しい揺れに合わせて天井の中央部分が高速で下りてきている。
ガン!!!!!!!
と、ビルの解体現場のような大きな音が響き、わたしは祈るような気持ちで目を閉じた。
唐突に、揺れが止んだ。
恐る恐る目を開けると。
生えてた。
バカでかい花が、部屋の中央に鎮座していた。
高さは5メートル以上、キラキラと結晶のように輝く白い花弁も同じくらい幅があり、根本近くにはやはり巨大な葉っぱが茂っている。
周囲の地面が凍結していて、その氷の侵食は少しずつ輪を広げつつあった。
急速に室温が下がっているようで、吐く息に白いものが混じっている。
間違いなく永氷花だ。
ただしバカでかい。
わたしはさっと振り向き、出口を確認した。
さっきまでガバガバに開いていたはずの金属扉が、当然の権利のように閉ざされている。
やっぱりこいつがボス!?
あれか?
倒すか死ぬかするまで出られないって、そういうお約束のギミックですか???
「こおりの、お花……?」
目を離した隙に、ミシャがふらふらとデカい永氷花に歩み寄っていた。
「だめ!」
わたしが駆け寄ろうとしたとき、花びらの1枚が震えた。
なんか、来る……?
とっさに足が止まった。
直後、わたしが足を踏みだすはずだった場所が一瞬で凍りついていた。
冷え冷えとした冷気が頬を刺してくる。
こいつはただのバカデカい花じゃない。
攻撃の意思を持つ、魔物だ。




