63話「永氷花5」
『湖水のダンジョン』前。
わたしは馬に積んでいた荷袋を荷ほどきした。
ダンジョンの入り口近くには、ちょうどキャンプに適した平らな場所があった。
『ちょうどあった』というか、焚火の跡やキャンプを設営した痕跡が無数にあるから、たぶん過去にこのダンジョンに挑んだ冒険者たちが攻略拠点を築くために整地したのだろう。
湖の水がとても綺麗だったので、水浴びをした。
わたしもミシャも腐肉狼の返り血や肉片などなどでかなり汚れていたからだ。
清潔になったら、次は腹ごしらえだ。
焚火を起こして、串に刺した魚の干物を軽く炙っておく。
硬くてまずい黒パンにナイフで切れ込みをいれて、そこに硬くてまずい干し肉を挟む。
ででーん!
『硬くてまずいサンドウィッチ』の完成!
まずいものにまずいものをかけ合わせたら、ふつうにまずいものが出来上がる。
幸い、まずさが「クソまずい」に進化するということはないので、2人で黙って食す。
へたに喋ると「まずい」という感想がこぼれてしまいそうだからだ。
まずいサンドウィッチを我慢して食したら、果物で口直し。
ミシャはまだ硬いパンに苦戦しながら一生懸命はむはむ食べてるけど、わたしはウサギの餌の用意に取り掛かる。
焚火で炙っておいた魚の干物を串からはずして与えた。
待ち構えていたウサギは、不満そうに魚に食いつく。
「すみませんね、へたな猟師で」
「こん棒なんかで狩りをするからなのじゃ。飛び道具を使うべきなのじゃ」
「素人に弓は使えないでしょ」
「『全武具装備』ナメすぎなのじゃ。使えるのじゃ」
「マジで?」
「マジなのじゃ」
これは朗報。
今度試してみることにしよう。
ウサギはちらっとミシャを見た。
「あの子の母親、たぶんグルガニ病じゃな」
ウサギが説明を始めた。
グルガニ病はミルトン周辺地域でよく見られる原因不明の風土病。
命を失うことはほとんどないけど、高熱が長く続くため、後遺症が残ることもある、と。
「急いで熱を下げたほうがいいのじゃ」
「わかってるよ」
元からそのつもりだ。
―――
さて、準備が整った。
問題は、ミシャをどうするか、だ。
選択肢は2つ。
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1つめ。「(攻略済みの)ダンジョンに連れていく」
2つめ。「キャンプに置いていく」
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(攻略済みの)という部分がなければ、おそらく2番を選んだと思う。
まあ、そもそも未攻略ならわたし自身がここには来なかっただろうけど。
でも、情報をくれたロブロイも「もう攻略済みだし、危険はないだろう」と言っていた。
ちなみに「そのダンジョンを攻略したかどうか」をどう判断するのか、ロブロイに教えてもらった。
それは「最奥のボスを倒した」か、あるいは「最奥のギミックを解いた」場合だ。
どちらもあからさまなので、達成したらすぐにわかるらしい。
このどちらかを達成すると、不思議なことにダンジョンからは魔物が少なくなり、安全になるのだという。
そういうダンジョンを「攻略済み」として扱うのだ。
この『湖水のダンジョン』には珍しくボスがいなかったそうだけど、小さなダンジョンにはたまにそういうこともあるらしい。
キャンプにミシャを置いていった場合、野盗の群れや野生動物、そして魔物に襲われる危険がある。
攻略済みだからこの辺りに人気はないけど、だからこそ危険とも思える。
人気がないところにやってくる輩というのは、だいたいよくない考えを持っているものだし、この際、野盗と言わず、冒険者だって危険だ。
うん、連れていこう。
今のわたしは腐肉狼になす術なく蹂躙されていた獲物ではない。
もはや、狩る側の立場なのだよ、このわたしは。
女の子1人くらい守ることなど、造作もなかろうて。
一応、本人の意思確認だけはしておくか。
「ミシャはここで待つ?」
「ミシャもいきたい! ……です」
決定。
邪魔になりそうなので、ウサギは置いていくことにした。
もっとも、本人も「早く戻ってくるのじゃ」と、行く気はさらさらなかったみたいだけど。
―――
迷った。
ダンジョンに入って5分もしないうちに、迷った。
湖水のダンジョンは3階層と浅めの構成で、ほとんどすべての道や罠の場所を記したフルマッピング済みの攻略地図もある。
その地図を参照しながら進んでいたつもりなのに、第2階層に下りるや否や迷った。
ロブロイは「迷うようなところもないし」と言ってたのに……。
今にして思えば、あれは「(探索に慣れた冒険者なら)迷うようなところもないし」の略だったんじゃないかと思いはじめていた。
だけど、わたしは新宿駅ダンジョン程度でも迷うほどの低級探索者だ。
ガチのダンジョンで迷ってしまうのはある意味当然なのだ。
湖水のダンジョンは、人為的な加工が少なく、自然の洞窟に近い構造をしている。
ふつうに分かれ道がたくさんあるし、通れるのかどうかよくわからない狭い隙間もあり、それを道として数えていいのか判断に迷う。
ロブロイはなかなかサービス精神が旺盛で、実際にこのダンジョンに潜った者の実体験を加味したさまざまな注意点を書き込んでくれていた。
「〇〇を起点として北へ進んで~~」
「××を北へ向かった右側の小部屋に~~」
とか。
うん、じつに懇切丁寧な書き込みだね。
だが、そもそも北がどっちかわからんて!
北がわかる前提やめてよう……。
ヤバい、腋に変な汗をかいてきた……。
最初のうちは初めてのダンジョン探索にはしゃいでいたミシャの顔が、みるみるうちに不安そうに曇っていった。
「おねーさん、だいじょうぶ……?」
「へ、へーきへーき。道ばっちりわかってっからー」
などと元気づけようとしたけど、わたし自身が、
「ここで骨になるハメになるんじゃ……?」
と、不安でいっぱいなのだから、安心させられるわけがない。
というか、掌も手汗でビシャビシャなので、手をつないでいるミシャにはモロバレだと思います。
地図をぐるぐる回しているうちに、もはや地図に書いてある記号や文章が意味不明の暗号に見えてきた。
と、ミシャに手を引かれた。
「それ、見せてー」
「お、おう。手を切らないように気をつけて」
なんの注意だよ……!
ミシャはしばらく地図をじっと見つめた後「こっち」と歩きだした。
「え、そっちが北なの? てっきり西かと……」
「北じゃないけど、こっち」
「北じゃないほうに行っていいの?」
「北はあっちだけど、いまは、忘れていいとおもう……」
北を無視していいのかほんとに?
あの北だぞ……?
だけど、わりとミシャが自信ありそうだったので、ついていくことにした。
どのみち、もう自分がどこにいるかすらわかってないんだから、どこへ進もうと同じだ。
それにしてもミシャは北がわかるのか……。
やっぱ両親ともに猟師だからだろうか?
日光も届かない深い森で、獲物を追跡する猟師は方向感覚が命。
そして、ミシャは猟師の遺伝子を色濃く受け継いだ、いわばサラブレッド猟師。
すでに両親の仕事をお手伝いしているというし、知らず知らずのうちに才能を磨いていたのだろう。
天才探索者の覚醒に、今、わたしは立ち会っているのかもしれない。
ミシャは鍾乳石に囲まれた通路をずんずん進んでいく。
地図を片手に、分かれ道でも迷いなく「あっち!」、つぎは「こっち!」とギャンブル感を一切感じさせないゆるぎない足取りで。
なんて頼もしいんだ……。
これに比べたら、わたしは開幕1発目の分かれ道から「うーん、こっち?」などと、ややギャンブル感出してたかもしれない。
よくそんなのに今までついてきてくれたな……。




