62話「永氷花4」
女の子はミシャという名前で、とてもいい子だ。
あんな怖い目にあった直後なのに、きちんと「ありがとう」を言えるいい子だ。
きちんと、自発的に、ありがとうと言えるいい子だ。
……強要などしていない。
ちょっと問題が起こった。
思ったよりミシャの足の噛み傷が深くて、布で縛って止血処置をしたのに血が止まらないのだ。
困ったな……。
ここは街道からちょっと距離がある。
馬で街道まで連れていって、治癒術師がいる冒険者パーティを探すという手も考えたけど、いくらなんでも確実性が低すぎる。
もし運よく冒険者パーティに出会えたとしても、治癒術師はけっこうレアらしいから、パーティにいないこともありえる。
地図で確認したら近くの村までもそこそこ距離がありそうだ。
ちんたらしてるとミシャが出血多量で深刻な事態になってしまうかもしれない。
……アレしかないか。
念のため、万が一、しぶしぶ持ってきた例のアレを飲ませるしか……。
本意ではないがやむをえん……。
わたしは馬を引いてきて、荷袋からヒールポーションを取りだした。
「ミシャ」
「は、はい」
「君のケガを治すために、今からものすごーくアブナイ液体を飲んでもらう。でも、これは君のためだから我慢して」
ミシャは不安そうだけど、こくこくとうなずいた。
そして、ポーションの瓶を受け取ると、小さな喉を鳴らして飲み下した。
わたしはミシャが半狂乱になって体を搔きむしるのを止めるために、身構えて待った。
しかし。
想像したような悲惨な事態は訪れず、ミシャの傷がふつうに癒えていく。
あいかわらずブクブク再生されていくのはグロいんだけど、ミシャに痒がる様子はない。
ほどなく傷は完全にふさがった。
ミシャの顔がパーッと明るくなる。
「おねーさん、かみさまですか?」
「……ははは。そうかもね」
わたしじゃなくてあいつがね……。
ポーションがほんとに改良されてた!
まだ戦闘中に使えるほど回復速度は速くないけど、応急処置には十分使える性能だ。
いや待てよ……?
戦闘前に飲んでおけば、戦いの最中に傷を負っても軽傷なら自動的に治ってしまうわけだから、継戦能力をかなり向上させてくれるんじゃないか?
カイシンすげーな、マジでリジェネじゃん。
しかも前回の試作品からそれほど日がたってないのに。
どうしようもないゼニゲバ坊主だけど、あいつ天才かもしれん。
このポーションを量産できるようになったら、世界が変わってしまうんじゃないの?
……しかし。
やつらがすんなり普及させるかな?
たとえ量産できるようになっても、カイシンと神殿勢力が素直に普及させるとは思えない。
どうせとんでもない高値をつけるだろうから、結局、一般人には届かないに違いない。
そうさせないためには、強制的にジェネリック化する必要がある。
それにだ。
こんなに突然ポーションが改良された背景には、絶対にグネヴィアが絡んでいる。
カイシン1人でこんなことができるとは思えない。
となると、グネヴィアを取りこんで、やつから利権を奪っちまえば……この世界には特許権なんかないし……。
「おねーさん、ありがとう!」
その声で我に返った。
発明品の略奪計画はまたあとで本格的に考えることにしよう。
―――
わたしはミシャに事情を聞いた。
ミシャの両親は2人とも猟師で、ここから徒歩で1日ほど行った森の中に住んでいる。
最近、父親が魔物に襲われて負傷し、命は助かったものの、しばらく寝込むことになった。
残った母親は夫の看病と猟師の仕事に奮闘していたのだが、無理したことが祟ったのか、病気になって倒れてしまったそうだ。
「それで、なんでミシャがこんなところに?」
「おかあさんすごい熱で、それで、まえに冒険者のひとが、ずっと冷たいお花があるって、言ってたから……」
「なるほど永氷花ね。じつはわたしもそれ取りに来たんだよね。ん? ミシャ1人で歩いてきたの?」
「うん。だってね、ミシャしか、いないから」
オーマイゴッド。
神の子おったわ。
子ども1人で、子どもの足で、1日歩いてきた?
病気のお母さんのために?
あるかどうかもわからないのに噂だけを頼りに、魔物が跋扈するインフェルノな大地を?
信じられない勇敢さ。
驚嘆に値する行動力。
尊敬すべき献身性。
この子だけはなにがあっても無事に家へ帰さねば。
それが冒険者としての使命だ。
いや、冒険者ではないけれども、そういう気持ちで……。
わたしは地図を開いて、ミシャの家がありそうな場所を探した。
子どもの足で1日なら、馬なら数時間もあれば行けそうだ。
来た道を戻ることになるけど、この際しょうがない。
気づくと。
ミシャがわたしの服の袖をぎゅっと握っていた。
「ミシャも、連れてって……ください……」
最後のほうは消え入りそうな声だった。
自分でも無茶を言っているとわかっているのだろう。
賢い子だ。
「あのね、おかあさんね、おでこすごく熱くて。はやく、冷やしてあげないと、だから」
「任せなさい!」
わたしはドンと胸を叩いた。
一刻も早く母親のために永氷花を持ち帰りたい、という気持ちはわかる。
それに、ここからミシャの家に送り届けて、それから引き返してダンジョンに向かうとなると、かなりロスが生まれてしまうのも確かだ。
冒険者ロブロイの情報だとダンジョンにはもう危険もないそうだから、だいじょうぶだろう。
そんなわけでわたしは漢気が赴くままに、ミシャを連れていくことにした。
目的地の湖は、そこから馬で10分ほどだった。
辺りを木々に囲まれた湖のそばに、石の洞窟がぽっかりと口を開けている。
ここが『湖水のダンジョン』だ。
さあ、とっととダンジョンを攻略するぞ!
と言っても、もう攻略済みなんですけどね。
まあ余裕でしょ。
なにしろわたしは、もうただの鍛冶師じゃなく、討伐冒険者なのだから。




