59話「永氷花1」
「属性耐性素材」となると、この街に相談できる鍛冶職人はいない。
大先輩のワグネリア親方も。
ワグネリアはドワーフ職人の例にもれず、「より硬く」「より強い」武具を鍛えることを信条としている。
そのせいか、鉱石や希土類には詳しいけど、それ以外のことではあまり頼りにならない。
状態異常耐性のときにもぶっちゃけ役に立たなかった。
街一番の鍛冶師に頼れないんだから、難航しそうなものだ。
だけど、わたしにはいるんですよね、専門家の友人が。
それも、すぐ近くに。
そんなわけで、わたしはグネヴィアの家へ向かった。
―――
グネヴィアの家へ行くには、ミルトン城外の森に入る必要がある。
広葉樹が緑に色づく森の小道を歩く。
季節は真夏だけど、森の中は涼しい。
この森は安全なんだろうか?
近ごろは街の近くにもひっきりなしに魔物が現れる。
こんな人気のない場所で魔物に襲われたら助けが来る可能性は低いだろう。
危険なようなら、街に移住するようにグネヴィアを説得しないと。
とある事情で住人が300人ほどごっそりいなくなってしまったため、ミルトンには今、空き家がけっこうあると聞いたし。
神殿がまた「魔女」がどうこうぬかしやがったら今度こそ潰してやる。
そんなことを考えつつ、グネヴィアの家までもうすぐという距離まで来ると、白い煙が立ち上っているのが見えた。
不思議な匂いがする。
たぶん、魔よけのお香かなにかだろう。
ああ見えて、彼女は優秀な薬師。
備えは怠っていないはずだ。
―――
グネヴィアはちょうどお茶の時間だったらしく、リビングで優雅なひと時を過ごしていた。
ただ。
意外な来客がご相伴にあずかっていた。
「どうも、カイシン神官長」
「スズキ親方」
カイシンは席から立ち上がり、胸に手を当てた。
「なんであんたがここにいるわけ? 魔女の家なんかにいたら破門されるんじゃないの」
「はて。拙僧にはなんのことやら……?」
すっとぼけ野郎の用件は聞くまでもなくわかった。
テーブルの上に怪しげな瓶が2本置いてある。
カイシンはずっと研究室にこもってヒールポーションの開発に勤しんでいるけど、あまりうまくいっていないらしい。
それで、薬の専門家に意見を求めに来た、というところか。
「魔女認定して街から追い出しておきながら、恥知らずなやつめ」
「誤解である。神は魔女の存在など認めておられぬゆえ、民衆の迷信が生んだ不幸な行き違いであろう」
「すっとぼけやがって……まだかかるなら、わたしは外で待ってるけど?」
わたしが親指で外を示すと、カイシンは首を振った。
「もう用は済んだ。お暇するところだ」
と、カイシンは席を立ち、それからテーブルの上の瓶を1つわたしのほうに押しやった。
瓶の中で禍々しい液体がちゃぽんと揺れる音がした。
「新たな試作品だ。よければ貴女の意見もほしい」
「はいはい。スキンケアしたくなったら使わせてもらいますよ」
あの痒さ地獄は忘れてない。
絶対に使わんぞ、絶対に……。
「たいした、おもてなしも、できませんで?」
帰ろうとするカイシンに、グネヴィアは物憂げな表情を向ける。
本当は物憂げというより、眠いだけなんだけど、あまりグネヴィアを知らないひとからは物憂げに見えるだろう。
潤んだ瞳、伏し目がちな長いまつ毛。
……単にエロい表情に見えるかも。
欲情するなよ、神官。
―――
「永氷花、という花が、あった?」
カイシンが帰ってから事情を説明すると、グネヴィアは手がかりになりそうな話をしてくれた。
かつて『永氷花』という花があった。
自ら冷気を放ち、周囲を凍らせるという不思議な花だ。
摘んでからもしばらくの間は冷気を保つため、肉や魚といった生鮮食品の保存なんかに使われていた。
ドライアイスのような用途だろう。
かつて、というのはもう何年も目撃情報がないからだ。
昔はミルトン周辺でもそこそこ採取できたけれど、近年ではまったく出回っていないらしい。
花、といっても普通の植物ではなく、どちらかといえば苔類に近く、特殊な環境じゃないと生育しない。
特殊な環境とは、薄暗く、ジメジメ湿っていて、気温が低く、そして魔力の濃度が高い場所。
つまり、ダンジョンである。
グネヴィアも子どもの頃には見たことがあるものの、ここ最近は情報すら聞かなかったらしい。
でも最近「ダンジョンの奥で見た」と冒険者の目撃情報が入ったという。
噂レベルの情報とはいえ、目撃情報そのものが珍しいため、信憑性は低くない。
なにしろただ冷えているだけの植物なので、わざわざ噂をでっち上げるほどの価値はない。
つまり、その冒険者は本当に目撃したのだろう。
ちなみに、この話を聞きだすのに1時間かかった……。
「もし見つけたら、わたしも、ほしい?」
「オーケーマイフレンド。おすそ分けするよ!」
わたしはグネヴィアの家を出て、街の冒険者ギルドへ向かった。
―――
冒険者ギルドの酒場。
目撃者はすぐに見つかった。
その冒険者はロブロイという名の20代人間男性だった。
ロブロイは遺跡やダンジョンの探索を専門にやっている人物で「あれは確かに永氷花だった」と断言した。
ちなみにこういう探索冒険者をエクスプローラーと呼び、討伐冒険者のことをスレイヤーと呼び、細かいギルドだと分けて管理したりするらしい。
見たのは最近、と言っても4か月ほど前のことだ。
永氷花を見た『湖水のダンジョン』はミルトンから1日ほどの距離にあり、すでに攻略済み。
なにか取りこぼしがないかと隅々まで漁っていたときに、偶然見かけたそうだ。
ロブロイを雇ってダンジョンを案内してもらおうと思ったんだけど、断られた。
「今は街を離れたくない」、と。
なんでも、金になるかどうか不確実な遺跡漁りをするよりも、今は魔物討伐をこなしたほうがはるかに金になるそうだ。
それに「攻略済みのダンジョンにはロマンがない」とも。
わたしはダンジョンの詳しい場所と内部構造の情報を仕入れるために、ロブロイに金を払った。
ロブロイのようなダンジョン探索冒険者は、地図職人としての側面も持つ。
攻略中のダンジョンの情報を売るのだ。
迷宮の道、魔物の出没傾向、罠、ギミックなどなど、探索者ならだれでも知りたがる内部構造の情報を。
買い手は冒険者のこともあるけど、だいたいの場合は冒険者ギルドだ。
もちろん、攻略の核心に触れかねない深層の情報は売らない。
なにしろダンジョン攻略は競争である。
最初に攻略した者が、すべての栄誉と富と財宝を得る。
言い換えると、2番手以降はすべてをかっさらわれ、なにも得られない。
だから、ダンジョンの最奥に近い深層階の情報ほど、売る者が減り、出回りづらくなる。
とはいえ、自分が攻略済みの浅層階については、トップ争いにはほとんど影響しないため、小遣い稼ぎとして売る者が多い。
そういった断片的な情報をギルドが買い上げ、専属の地図製作者が情報を精査した後まとめ上げて、「攻略地図」として販売するのだ。
そして、それを経験の浅い冒険者たちが買う。
誰だって浅層階でしょうもない死に方をしたくないし、金を払うことでそのリスクを低減できるのなら喜んで払う。
こういう攻略地図もギルドの収入源の1つらしい。
冒険者ギルドはただのポン引きではないのだ。
例えるなら……攻略wikiの管理人?
ちょっと違うか?
今回の場合、攻略済みのダンジョンだからすべての情報をロブロイは教えてくれた。
しかし、攻略済みのダンジョンとなると、護衛依頼や採取依頼を出しても反応は鈍いだろう。
それに、ロブロイのようにふだんは討伐冒険者ではない連中も総動員で魔物狩りをしているのに、それでもまったく追っつかないのが現状だ。
戦える人材をただの植物採取に費やすのも気が引ける。
すでに攻略済みで魔物はおらず、とくに道に迷うような複雑なダンジョンでもない、というなら危険もそんなにないだろう。
たまには1人で行くとしよう。
といっても、こっちは冒険者ではない。
ただの鍛冶職人である。
備えは万全に。




