57話「魔族と属性攻撃」
乗馬の件が片付いたので、つぎに後回しにしていた依頼を片付けることにした。
リュドミラから依頼された、対魔族用の「属性耐性防具」開発だ。
最近は街の近くでも魔物が頻繁に現れるようになった。
エリンもしょっしゅう迎撃に出ている。
あまり時間の猶予はなさそうだ。
しかし。
わたしには「魔族」も「属性」もぜんぜん知識がない。
とくに属性というものがよくわからないので、なにを作ればいいかイメージがわかないのだ。
なので、さっそく工房に講師をお招きすることにした。
ちゃんとお茶とお茶菓子を用意して、おもてなしの準備もして。
魔術学院導師のリュドミラ先生による魔族講義のはじまりはじまり~!
ふつうならバカがつくほど高いお金を払わなきゃ聞けないから楽しみ!
―――
この講義、超つまんない。
始まって5分で聞くのが嫌になった。
なんていうか、未来が見えない。
リュドミラの話では、魔族というのは本質的に「魔力生物」なのだという。
存在そのものが魔力の塊であり、すべての行動が魔術的に作用する。
たとえばパンチ1発とっても、ただの打撃にすぎない人間の1発とはレベルが違う。
---
・毒
・麻痺
・睡眠
・気絶
・恐怖
・魅了
・混乱
---
「……生命力吸収、魔力吸収、それに石化は外せないよねえ! それからそれから」
「いや、もういいっす……」
声を弾ませながら指折り数えるリュドミラを、わたしはげんなりして止めた。
たかがパンチ1発に状態異常がてんこ盛り。
まるで歩く病原菌。
どこまで念入りに敵を異常にしたいんだよ……。
とはいえ、1つの個体がすべての状態異常を使うわけではないらしい。
よかった。
もしそうだったら終わってた。
武具なんか作るのをやめて、とっとと白旗を作ったほうが手っ取り早い。
しかし、悪い情報はまだあった。
魔族は「魔力生物」であり、すべての行動が魔術的に作用するがゆえに、パンチそのものも単純な物理攻撃ではないらしい。
---
・火属性
・水属性
・土属性
・風属性
・雷属性
・闇属性
---
「先生、戦意喪失させようとしてませんか?」
「だよねえ! そう思っちゃうよねえ! たっはは!」
だからなんで嬉しそうなんだよ……。
魔族の関係者さんですか……?
もう白旗を作るのすら時間のムダだから1秒でも早く逃げたほうがいいよね…………とはならなかった。
よくわからん。
属性攻撃のほうは状態異常と違ってあまりイメージできない。
だから、いまいち脅威が伝わってこないのだ。
「たしかにパンチが火だったら熱そうだけど、水だったらなにか不都合なことでもあるの?」
「あるよ」
「なに? イメージ湧かないんだけど」
「水ってゆうか氷だね。鋭くとがった氷柱でぶっ刺されるワケよ」
「それは水属性攻撃と言っていいの? あと、槍で刺されるのと大差ないのでは?」
「違う」
「どこが?」
「違うのは違うから」
どこが違うのか、リュドミラ先生は言わなかった。
「じゃあ、土は?」
「巨大な岩のハンマーでぶん殴られたら、痛いじゃん」
「鋼のハンマーで殴られるのと変わらないのでは?」
「違う」
どこが違うのか、やはりリュドミラ先生は言わなかった。
聞いてる限りでは物理攻撃と同じに聞こえる。
「……風は?」
「突風があなたを切り裂きまーす」
「要するに剣で斬るのと同じだね。意外と大したことなさそう」
もはや違いを聞くまでもない。
火と雷が明らかに特別なのはわかる。
けど、今例にあがった魔術攻撃はぜんぶ武器の物理攻撃と同じ種類のダメージ源に思える。
軽自動車に轢かれるのと大型トラックに轢かれるのとでは、受ける衝撃ダメージの大きさはまったく違うけど、それでもダメージの性質が衝撃なのは同じだ。
ここらへんになにかヒントはないだろうか?
わたしは、生まれかけている考えをつかまえるために、カップのお茶をすすった。
リュドミラが目をぱちぱちさせて覗きこんでくる。
「今、たいしたことなさそうって言った?」
「言った。だって、話聞いてれば、物理じゃん」
「魔術ナメてんの?」
リュドミラが目を細めた。
あ、なんかヤバそう。
「大いなる大地の怒りを受けよ!」
リュドミラの詠唱が終わらないうちに、突風が吹き抜けた。
まさしく身を切るような鋭利な風。
ガシャン。
わたしが持っていたカップの下半分が床に落ちて割れた。
軽くなった上半分を見れば、カップの切断面は滑らかで、周囲にはヒビ1つない。
居合抜きの達人に斬られたみたいだった。
居合抜き。
つまり斬撃。
「魔術ナメてると死ぬよ?」
と、リュドミラが得意げに言った。
わたしは濡れた床で砕け散っている破片を見つめた。
なにやってくれてんだこいつ?
ここに来て初めてゴンドにお茶を出してもらったときから、ずっと使ってきたお気に入りのカップだったのに。
デモンストレーションで斬るなら他にいくらでもゴミがあるだろうがよ。
よりによって。
大事な物などほとんど持ってないわたしにとって数少ない愛着のある物を。
しかも、大地がなんたら言いながら、風魔術じゃねーか。
ほんと嘘つきだなこの女。
キレた。
「あんたは今、わたしの思い出を斬った」
わたしはカップの残骸を投げ捨てて、防具棚まで歩いた。
防具棚から、胴体をすっぽりと覆うほど大きな金属盾を取る。
タンク役の戦士が使う長方形の大盾だ。
特殊効果はなにもつけてないけど、Cランクだから防御力だけは高い。
「すげえ。クロちゃん、意外にパワー系なんだね」
リュドミラには「全武具装備」のアビリティのことは話してない。
わたしは中華鍋でチャーハンを振るのにも苦労するほど非力だけど、こと武具に関しては重量関係なく扱える。
わたしは、大盾を体の前でかまえて。
咆哮した。
「オラ、やってこいや今の!!!」
「は?」
「風で斬れるもんなら斬ってみろって言ってんの!」
「いやいや見たっしょ。あの威力。危ないってー」
「さっさとやれよ嘘つき女! てめーが斬れるのは思い出だけか? あといいかげんクロちゃんって呼ぶのやめろ!」
「ンだと? 猟犬ナメたら死ぬよ? ク・ロ・ちゃん?」
「やってみろよ!」
「アタシの怒りよ、このバカ女を叩き殺せ!」
もはや絶対に詠唱ではない言葉を聞きながら、わたしは大盾に潜りこむようにして頭を隠した。
ガン!
と、重いもので殴られたような衝撃を全身に感じた。
踏ん張ろうとしたけど、とても耐えられず、腰ごと持ち上げられるように後ろへ吹っ飛ばされてしまった。
「痛っつ……」
わたしは、床から身を起こした。
今日は防御力が低いふつうの服を着ているせいで、倒れたときに背中を打ってダメージを食らってしまった。
でも、体を真っ二つにされてはいない。
横に転がっている大盾を確認すると、やはり真っ二つにはなっていない。
よく見ると表面にうっすらと一筋の切り傷があるものの、この程度の損傷なら剣で斬られてもつくものだ。
「ほらね」「効かなかったね」
わたしたちはほとんど同時に声を発した。
真逆の結論を。




