56話「練武場で」
練武場。
冒険者ギルドに併設された、戦闘訓練場である。
冒険者には戦士、剣士、モンク、弓手といった戦闘職や、魔術師や神官のような術職など、さまざまな戦闘技術を持つ者たちがいる。
そのため、練武場にもニーズに応じた特殊な設備がある。
的が並んだ射撃場。
足場の悪い地形を想定した障害練習場。
大型の魔物との戦闘を想定して、穴や高台が設置された高低差訓練場。
魔術に関してはそれ自体が多岐多様にわたるため、これといった専用の設備はなく、せいぜい、火災を防ぐための防火水槽があるだけだ。
ミルトン冒険者ギルド支部長デンゼマは、練武場に面した回廊に事務机を置き、そこから冒険者たちの訓練を見守っていた。
まだ朝日が昇ったばかりの早朝だが、すでに何人もの冒険者が訓練中だ。
剣が弾き合う音。
弓の弦が奏でる高い響き。
気合いのこもった声。
日中は依頼をこなすために出かけることが多いため、早朝に訓練する冒険者が多い。
「またエリンが勝ったぞ!」
練武場にひときわ大きな歓声が上がった。
さっきから、1人の戦士が目立っている。
まだ10代の人間女性で、名をエリンという。
印象的なショートカットの赤髪。
引き締まった健康的な肉体を使いこまれた革鎧に押し込めている。
3人の戦士とともに実戦形式の稽古をしていて、ずっと圧倒している。
エリンの冒険者ランクはまだDだが、戦闘力に限れば優にCランクに値する実力はあるだろう。
エリンより戦闘力が低いCランク冒険者はそう珍しくない。
「ぐわぁ!」
現に、たった今エリンのシールドバッシュを食らって、地べたを無様に転がった戦士はCランクである。
こうして戦闘訓練だけを見ていると、どちらが格上の冒険者かわからない。
しかし、冒険者のランクは依頼達成数や達成率などを重視しつつ、さまざまな観点から評価される。
調査、探索、運搬、採取、要人護衛、拠点の防衛指南など、冒険者には戦闘以外にも求められる任務が多い。
それら戦闘以外の実力も加味したものが、冒険者ランクなのだ。
Cランクまでは支部長の権限で認定することができるのだが、そうするとエリンは他の支部でもCランクの冒険者として扱われることになる。
調査や探索にもそれなりの能力を持ったCランク冒険者として。
それでは誰も得をしないばかりか、損をする者が出かねない。
とくに依頼人が。
ゆえに、まだしばらくはDランクのままがよいだろう。
それにしても強くなった、とデンゼマは感心する。
元々エリンは身体能力が高く、剣技の才能にも光るものがあった。
だが、うかつな性格が災いして、負傷が多く、依頼を失敗することが多かった。
最近はそのうかつさがなりを潜め、長所が目立つようになってきた。
スピードを生かして相手を翻弄し、少ない手数で確実に仕留める。
そういう安定的に勝てる戦い方ができるようになってきたのだ。
そして、なによりあの技。
「破鎧衝!」
エリンが気合いとともに突き出した木剣が、相手の盾を突いた。
鋭い刺突だったものの、相手はしっかりガードした。
そのようにデンゼマの目には見える。
しかし、エリンが続けざまに盾で打撃をくわえると、相手はまったく踏ん張りがきかず、盾のガードごと後ろに吹っ飛ばされてしまった。
倒された戦士はなんとか上体を起こしたものの、手を軽く上げて降参した。
あの技が冴えている。
どういう経緯か知らないが、かの剣聖から教わった技だそうだ。
あれを防御してしまうと、一時的に耐久力が皆無になってしまう。
武器や盾でのパリイは不可能、それどころか、筋肉や骨による耐久すら機能しなくなるため、次の一撃が必殺のものになってしまうのだ。
エリンが「破鎧衝」の後に木剣を使わないのは、それですら致命傷を負わせかねないからだ。
防ぐ手段はただ1つ。
回避あるのみ。
しかし、エリンのスピードから完全に逃れるのは至難の業。
技の性質と、スピードが売りの本人性能の相性がいい、とデンゼマは思った。
エリンに限らず、このミルトン支部の冒険者たちの戦闘力は他の支部と比べて高い。
冒険者の平均的な資質が高いから、ではない。
単純に装備がいいのである。
最近になって頭角を現したスズキ親方のおかげで、段違いにいい装備をしているのだ。
そのおかげで現在のミルトン支部は、依頼達成率、生還率ともにカルバニア王国のギルドでトップの成績である。
無事に生還し、依頼を達成する。
それを繰り返すうちに、経験を積み、冒険者そのものの実力も引き上げられていく。
その好循環が数字に反映されているのだ。
しかし。
手が足りない。
個々の冒険者の質は日増しに高くなっているとはいえ、絶対数が足りていない。
最近ではギルドに寄せられる討伐依頼を半分も達成できていない。
「夜会」の前兆なのかわからないが、近ごろ魔物の出没報告数が跳ね上がっていることも影響している。
だが、なによりも影響が大きいのは守備兵の減少だ。
先日のアミリアヌスの乱平定後、クーデターに加担したアミリアヌス兵はディ・ソラリ軍によって全員処刑された。
三部会の代表者、とくに魔術学院のリュドミラ学院長代理が処刑に反対したと聞くが、ディ・ソラリ将軍はそれを突っぱねて処刑を敢行した。
「アミリアヌスとその郎党は王に対する叛逆罪で裁かれるのであって、その処罰に三部会は無関係だ」
というのが将軍の主張であった。
そうしてたった1日で300にも及ぶ首つり死体が生まれた。
「死体を城壁から吊るして見せしめとして最低1か月晒し者にしろ」
と将軍は指示したが、ディ・ソラリ軍が去ると、死体は街の者によってさっさと撤去された。
何百という恨めし気な首つり死体がお出迎えするのではミルトンに人が寄りつかなくなるし、なにより、腐臭を放つ死体は魔物を呼び寄せるからだ。
300。
アミリアヌスが総督就任時に連れてきた私兵がごっそり抜けた。
元々の街の守備兵はわずか200。
魔物の数は増え、街を守る兵士は減った。
討伐数はどんどん伸びているのに、依頼達成率はどんどん下がっている。
魔物による被害の件数も無視できないレベルになってきた。
いかに質が高いとはいえ、今いる冒険者だけでは到底対処できていない。
だから、デンゼマは一刻も早い対応を取らなければならず、頭を悩ませている。
「朝からお稽古に精が出ますねえ」
と、声をかけてきた人物は、濃緑のローブを着た導師である。
長い耳を立てた獣人の魔術師リュドミラは、挨拶も早々にデンゼマの隣にどっかりと座った。
「よく来てくれた、学院長代理殿」
「前置きいいから。用件。アタシお遊戯見物するほどヒマじゃないんだよね」
「残りのお二方は?」
「ああ、神官長は引きこもってマッドな実験中。クロちゃんはなんか乗馬の練習するって言ってたよ。で、アタシが押しつけられたってわけ。三部会をなんだと思ってんだか」
「お二方の委任を受けているということか」
「そ」
それなら話が早くて助かる、とデンゼマは思った。
リュドミラ1人に話を通せばいいなら、すんなりと事が進みそうだ。
「じつは、魔物の討伐大会を開こうと思っている」
「ふーん」
リュドミラはあまり反応を示さなかった。
デンゼマは少し不安になり、まくしたてるように続けた。
「アミリアヌス兵の抜けた穴が大きい。残った守備兵と冒険者だけでは街や周辺の村を守り切れない。次の総督が決まり、兵を連れてくるまでなんらかの対抗策が必要だ。それで――」
「わかった。もういい」
リュドミラは手をさっと上げて、デンゼマの言葉を切った。
今にも席を立ちそうな雰囲気だ。
アミリアヌス兵の話を出したせいで機嫌を損ねたか?
助命を約束した兵士たちが全員処刑されたのだから、リュドミラとしては苦い記憶だろう。
「待ってくれ。話はまだ」
「わかったって言ったっしょ? 要はカネを出せってことでしょ」
「……!」
「補充の守備兵がいつくるかわからない。冒険者の数が足りない。だから、討伐報酬を上乗せして新たな冒険者を呼びこみたい。それを大々的に宣伝するための討伐大会を開きたい。つきましてはそのご予算を、ってとこ?」
「そのとおりだ」
デンゼマは唸りそうになった。
こちらの考えていることなど、魔術学院の猟犬にはお見通しということか。
「いんじゃない? アタシは賛成。でも、ゼニカネの話はワグにゃんにしてよねえ」
「すでにワグネリア親方に話は通してある。代表の承認が欲しかった」
「いいよ。承認した。んじゃ、アタシはこれで」
リュドミラが立ち上がり、練武場の出口へと歩きだした。
デンゼマは去り行く背中に声をかける。
「アミリアヌス兵は残念だった。助命を嘆願したと聞いた」
「口約束に決まってんでしょ、あんなの。もったいないと思っただけ」
と、手をふりふり、リュドミラは去った。
その姿が回廊から完全に消えてから、デンゼマは緊張から解き放たれて長い溜息をついた。
これで討伐大会にかかる予算の心配はなくなった。
元から魔物が増えれば、その地域には自然と冒険者が集うものだ。
討伐依頼が増加するからだ。
だから、放っておいてもいずれミルトンには多くの腕自慢が集まってくるはずだ。
しかし、自然と集まってくるのを待っている猶予はない。
討伐大会を開くのは、その流れを加速させるためだ。
そのとき不意に。
甲高い鐘の音が響き渡った。
この音は、北の見張り台の鐘のものだ。
近くに魔物が出たことを知らせる合図だ。
訓練をしていた冒険者たちが急いで自分の装備品を手に取り、準備が整った者から練武場を飛びだしていく。
最近は1日に何度も警鐘が鳴る。
もうミルトンは安全ではない。
そうと決まれば、急がなければ。
デンゼマは事務机から大量の文書を取り、立ち上がった。
この告知文書を、外で待機している鳥人たちに託し、各地のギルドへ速達で送るためだ。
数分後、討伐大会開催の告知文書を携えて、鳥人たちが飛翔した。




