52話「ディ・ソラリ軍」
ディ・ソラリの軍営。
木材と布でできた簡易テントが整然と並び、テントとテントの合間には物資を積みこんだ荷車が置かれている。
そこらじゅうではためくカルバニアの王国旗と将軍旗を横目に、わたしは案内の兵士の後ろを歩いていく。
兵士たちがきびきびと働いている。
冗談を言い合っている者もいるけど、作業の手は止めていない。
やはり兵士の平均能力は高い。
アミリアヌス兵とはぜんぜん違う。
違うのは能力値だけじゃない。
ぶっちゃけアミリアヌス兵はだらしなかった。
鎧の留め金が壊れていたり、兜のあご紐を締めていなかったりして、それを同僚や上官が咎めもしなかった。
だけどディ・ソラリ兵の軍装は容儀がピシッと整っている。
荷車の物資にしても、定められた場所に定められた物が置かれ、いざというとき誰でもすぐ使えるように整えられている。
病院の救急カートみたいだ。
軍装や軍営が整理整頓されているだけで、こうも強そうに見えてくるとは。
これが一貴族の私兵にすぎない軍と、王国が誇る精鋭軍の差……。
他のテントよりもひと際大きなテントに案内された。
「閣下、スズキ殿をお連れしました」
「おう入れ」
天幕の中からくだけた声が応じた。
兵士に続いて中に入る。
テントの内装は簡素だ。
簡素な執務机、組み立て式の棚、簡易ベッド、それと三脚に支えられた地図。
ミルトン周辺の地図だった。
どこから攻め落とすか検討したと思われるマークがついている。
本来なら部外者に見せることなどありえない軍事機密なのだろうけど、開城した今となってはもう見られても問題ないというわけだ。
テント内にベスの姿はない。
当然か。
ここにくるまでに営内を観察したけど、ベスが捕らえられていそうな場所はわからなかった。
座っていた男が立ち上がる。
ディ・ソラリ将軍は中肉中背の中年男性だった。
甲冑は着けておらず、動きやすそうな軽装だ。
さっぱりと切り揃えられた灰色の短髪に、きれいに剃られたヒゲ。
一目見てきれい好きなのがわかる。
けど、印象はそれだけだ。
これといって特徴がない。
歴戦の猛将っぽい威圧感もないし、いかにも策士という鋭い目つきもしてない。
なんというか、清潔感のある気さくそうなおじさんだ。
中年男性特有のダンディな魅力があるといえばあるんだろうけど、わたしにはそっち系の趣味はない。
ほんとにこれがすごい将軍なのぉ?
剣聖の威圧感に比べたら一般人だぞこれじゃ。
見てみるか。
『鑑定』っと。
……あれっ?
見えない???
なんか将軍の姿が一瞬ブレた気がして、その後めまいがした。
もう1回やってみても同じ現象が起こった。
なんか調子が悪いな。
徹夜で動き詰めで疲れてるからかも……。
ちょっと気になっただけだし、まあいいか。
将軍は上から下まで素早く視線を走らせてわたしを観察した。
「世間は見る目がないな」
「……?」
「黒の魔女なんて、いい女じゃないか」
あらやだ……この殿方、ステキな方ですわ……。
あいや、女扱いされたのがこっち来てはじめてだったものでついほだされてしまいそうに……。
この男、噂にたがわぬ策士よのう。
将軍は椅子に座るように勧めてくれたけど、わたしはすぐに本題を切り出した。
「ベスはどこですか?」
「誰のことかな」
「あなたの兵が連れ去った、女の子ですよ」
「まあ立ち話もなんだ。まずは座れ」
こういうときに座ると話がよくない方向に進みそうで嫌なんだよなぁ……。
わたしはしぶしぶ座った。
わたしが座るのを待ってから、将軍も座った。
「魔女殿、そう呼んでも?」
「どうぞ」
「お前が探しているのはベスと言ったか?」
「はい。金髪で、12歳くらいのかわいい女の子です。わたしの弟子です」
「そのベスという子は知らんが、俺の手下が少女を保護したことは確かだ」
「王都では誘拐のことを保護って言うんですね」
「こいつは手厳しいな」
将軍は苦笑した。
「俺が保護した少女はフォーリア公爵家のご令嬢だ。王陛下とは親戚筋にあたる。数週間前から行方不明になっていたが、先日目撃情報が入った。『ミルトンを裏で牛耳る黒の魔女の家にいる』とな。俺がここに来た目的のひとつだ」
公爵令嬢……?
国王の親戚……?
裏で牛耳る魔女……はどうでもいいや、もう言われ慣れたし。
「魔女殿、こういうものを見たことないか?」
将軍が机の上に紙を滑らせてくる。
人探しの人相書きだった。
金髪、12歳。
『エリザベス・フォーリア』。
フォーリア公爵家第二子女。
似顔絵つきだ。
非常に低クオリティ。
愛らしいベスの顔にひょっとこを混ぜて全力シェイクしたらこうなるかも、という感じのグダグダな絵だった。
「ミルトンにも出回っているはずなんだがな」
「見たこと、ありません」
あ、思い出した。
一緒に街を歩いているとき、ベスが急に素早くなって壁や掲示板からなにかを剥がしていたのを。
あれはこの人相書きだったのか……。
てっきり安売りのチラシかなにかで、他の人に知られないようにガメていたのかと……。
しかし、いいとこのお嬢さんがそんなことするわけがない。
貧乏性の自分基準で他人の行動を推しはかったらダメだな。
エリザベス……ベス。
なんてひねりのない偽名だ。
ただの愛称レベルじゃないか。
いやまあ、ある程度はわかっていた。
いいところの金持ち商人の娘なんだろうなぁ、と。
政治権力に詳しいことに気づいてからは、もしかしたら貴族かもしれないかもなぁ、とも思ってたけど。
よもや、公爵令嬢で国王の親戚とは……。
「調べさせたら、ミルトンには『魔女』と呼ばれる女が2人いた。目撃情報は『黒の魔女』だったが、念のために『森の魔女』も家探しさせたところ、当たりを引いたわけだ」
偶然……。
なんて運が強い男なんだ。
「さて。もしお前の探している『ベス』という少女がこの『エリザベス』嬢と同一人物なら、誘拐犯はそちらということになる」
「……」
「国法に照らせば、貴人誘拐の刑罰は死刑。一族郎党もろともに吊るし首だ」
将軍の口調に脅すような響きはない。
ただ事実を淡々と述べているだけだ。
「ベス……エリザベスさんは無事なんですね?」
「無事だ。この俺が保証する」
「会わせてください」
「ムリだ。エリザベス嬢はすでに護衛をつけて王都に送った。ベスという少女が彼女と別人なら、元々ここにはいない」
「ぐ……」
「なあに、心配するな。世間知らずでお転婆な貴族が家出した、よくある話さ。善意の第三者がたまたまそれを保護してしばらく面倒見ただけだろう。その親切な御仁は不幸にもミルトンの内乱で犠牲になった。そういうことにしておいてやる」
見逃す、と。
見逃すから、ベスのことは忘れろ、と。
そういうことだろう。
それが一番いいのかもしれない。
でも。
「彼女の気持ちはどうなるんですか?」
「どうでもいい」
「どうでもって……」
「どうでもいいしどうにもならん。貴族には貴族のルールがある。俺やお前のような平民にはあずかり知らん世界だ」
そういうルールや世界を、見えない壁に囲まれた窮屈な人生を、ベスは嫌がっていた。
その壁を打ち破るために、わたしみたいな得体のしれないやつのところに飛びこんできたのだ。
こんなわたしを頼ってきてくれたかわいい子を見捨てはしない。
とはいえ、どうすればいい?
考えろ。
王都に送った、といっても出発してからそんなに時間は経ってないはずだ。
貴族令嬢を護送する一行なんてたいして速くないだろうし、王都までは街道で一本道だから、今からでも追いつけるかもしれない。
追いついた後は?
護衛の連中をぶっ倒して連れ戻す……と、今度はリアル誘拐犯としてマジで縛り首になってしまう。
それだけならともかく、周りの人にも迷惑がかかるだろう。
仮に連れ戻せたとしても、連中があきらめるわけがない。
いや待てよ、そもそも根本的な問題を忘れているぞ……。
わたしは馬に乗れない。




