49話「攻撃力」
「なんだ、この、手ごたえ……???」
わたしを斬った兵士が、動揺したのかバックステップする。
斬られた肩にうっすらと、髪の毛ほどの細い傷がついている。
それを見て、兵士が信じられないという顔をする。
まったく見てなかったけど、たぶんこの兵士は全力の一撃を入れてきたんだろう。
もちろんわたしはほぼノーダメージ。
Dランクの未強化『ロングソード』(攻撃力25)装備では、Cランク上限強化済みの『布の服』(防御力200)装備のわたしにつけられるのはせいぜいかすり傷。
他の兵士の武器もEランクかDランクだから、なにがあっても負けることはない。
けど6人という数が問題だな。
階段を塞がれているから、すり抜けるのは物理的にもう無理だ。
なんらかの方法で無力化させないと、ここを通ることはできない。
あの手でいくか。
気は進まないけど……。
自分の斬撃がまったく通用せず、一時的にショックに陥っていた兵士がにやりと頬を歪めた。
周囲の兵士たちにも楽しむような雰囲気が生まれる。
どうやら斬りかかってくるつもりはもうないようだ。
わかるよ、その余裕の理由。
「それは毒属性武器じゃな」
「知ってんのか、暗殺者ごときが」
こいつはわたしを暗殺者だと思ってるらしい。
そりゃそうか。
絶賛討伐対象になってるクーデター軍の本拠地に密かに侵入してきた人物が和平の使者なわけがない。
実際、アミリアヌスの出方次第ではこの後暗殺者になってしまうかもしれないし。
「こいつは最新武器だ。すぐ毒が回っておまえは血反吐ぶちまけてぶっ倒れる。なんのために侵入しやがったか知らんが、ゆっくり聞いてやるぜ。その体にな。ぐへへ」
兵士は下卑た笑みを浮かべる。
なんて理想的なやられ役なんだ……。
「それは何秒後じゃ?」
「何秒……? 知るか、すぐだ!」
その反応でわかった。
こいつは毒武器で攻撃された人間がどうなるのか、じかに見たことがない。
「わかっておらんのじゃな。ワシはわかっておる。自分で実験したからのう」
「なに言ってんだ?」
「傷の深さ、箇所、体質にもよるが、早ければ10秒もかからん。遅くても30秒以内。まず心拍が乱れてめまいがする。それから強烈な吐き気を催す。指がしびれてくるのはそのあとじゃ」
「や、やけに詳しいじゃねえか」
「その毒は元々ワシの工房にあったものじゃからな」
わたしは被っていたフードを下ろした。
露わになったわたしの顔を見た兵士は怪訝そうにしたあと、ハッとなにかに気づいた。
「黒髪、黒い目……だと?」
兵士の声が上ずっていた。
「60秒くらいたったな? すまんが、ワシに毒は効かんのじゃ」
「まさか、剣聖を倒した、黒の魔女……!?」
他の兵士たちもざわめく。
ここでも剣聖を倒したことになってしまってるけど、今は好都合だ。
わたしは腰からこん棒を取って、これ見よがしに見せびらかした。
「これは、剣聖を倒した武器じゃ」
「ひっ!」
兵士が後ずさる。
壁に背中がつくと、吸盤で張り付いたように壁際を横歩きして離れていく。
いいぞー。
そのまま逃げてくれ。
「怯むな、ただのこん棒だ! 閣下への忠誠を忘れたか!」
上階から叱咤の声が飛んだ。
たぶん上官だろう。
この現場の指揮官かもしれない。
余計なことを……。
と思ったら、兵士がささっと逃げだした。
どうやら忠誠なんて最初からないことを忘れてなかったらしい。
残ったのは上階から来た連中。
逃げた兵士が、騎士と言っていた。
「ちっ! これだから下賤の雑兵は」
「しかたありませんよ隊長。平民どもに誇りなどありません。我ら騎士とは違うのです」
やっぱり騎士だったか。
騎士ならアミリアヌスとは元からの主従関係なんだろうし、かんたんに引いてくれそうにはない。
もうハッタリはやめだ。
魔女っぽい喋り方も地味にめんどくさかったし。
「かかれっ! 殺してしまってかまわん!」
「ハッ!」
戦闘が始まってしまった。
こうなったら仕方がない、実力行使するまでだ。
Cランク上限強化済みのこん棒が「ただのこん棒」かどうか、その身で味わってもらおうじゃないか!
たかがこん棒とはいえ、相手が鎧兜で完全武装しているとはいえ、これだけ強化してあるんだし、さすがにダメージくらい与えられるでしょう。
わたしは斬られるのもお構いなしにずんずん前に出る。
こういうのは指揮官を倒せば終わるって聞いたことがある。
わたしは指揮官の前まで来て。
「えいっ!」
と殴った。
ピコピコハンマーみたいな手ごたえだった。
ぺこっ!
というコミカルな音が聞こえてきそうな軽い手ごたえ。
だけど。
ズドン!
指揮官はギャグ漫画みたいな勢いでぶっ飛んでいき、壁にべしゃっと叩きつけられた。
「えっ?」
「えっ?」
騎士たちが唖然としたように指揮官を見つめ、わたしも唖然として指揮官を見つめた。
「たい、ちょう……?」
指揮官の体は、ぴくりとも動かなかった。
頭だった部分が壁でペイントアートみたいになっている。
「……」
しばらく、誰も動かず言葉も発さなかった。
やがて。
「ヒェッ、バ、バケモノっ……!」
3人はあっという間に逃げた。
わたしも逃げたくなった。
ちらっ。
ちらっ。
一応、指揮官の体を確かめようとした。
できるだけモロにみないように、横目でちらっと……。
少しだけ期待してたけど、やっぱり死体以外のなにものでもなかった。
ええええええええ……?
こんなことになるとは思ってなかった。
わたしの想像ではこうなる予定だったのに……。
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「えいっ!」
「ぐはぁ痛えっ! 骨が折れそうだ! 降参する!」
「どこへなりと去るがよい。追いはすまい……」
「た、たすかったぜ!」
ぴゅーっ!
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まさか。
まさか一撃で。
ちょっと小突いただけなのに。
考えてみれば人を攻撃したのは、初めてだ。
けど。
まさか、攻撃力が、こんなに反映されてしまうなんて。
わたしはこん棒を見下ろした。
「誰だよこの武器作ったやつ。弱すぎて人殺しちまったじゃねーか……」
こんなことになったのは、武器が弱すぎるからだ。
攻撃力が高いだけで、それ以外になんの特殊効果もついてないゴミ武器を装備してたから、人を殺すハメになった。
もし攻撃力が低くて「麻痺」の特殊効果がついている武器だったら、あの指揮官がペイントアートになることはなかっただろう。
麻痺武器なんて作ろうと思えばいつでも作れたのに。
サボりやがって……。
腹が立つ。
自分に腹が立つ。
もっと、ちゃんとしっかり強い武器を作っておくべきだった。
アミリアヌスはバカだから毒武器を作らせた。
わたしはバカだから状態異常武器を作らなかった。
防具アネキとか呼ばれていい気になっていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。
許せん。
この件が片付いたら武器開発に本腰を入れる。
全力で強い武器を作ってやる。
でも今は、この件を生みだしたもう1人のバカに責任をなすりつけに行くとしよう。
あいつのことは殺してもなんとも思わないだろう。
だいたいあいつのせいだし。
わたしはふわふわする足で階段を上がった。




