48話「突入、総督府」
夜の総督府。
月明りはない。
松明と魔術光で下からライトアップされた豪華な建物は、まるで国道沿いのラブホだ。
建物の上からは、黄金の鷲をモチーフにした紋章旗が垂れ下がっている。
アミリアヌス伯爵家の紋章らしい。
総督府の正面玄関前は緊迫した雰囲気に包まれている。
10人以上の兵士が陣を組んで槍をかまえ、歩み寄ってくる獣人の魔術師への警戒態勢をとっている。
リュドミラは1人だ。
会議のときには配下の魔術師たちと騒ぎを起こすみたいなことを言っていたのに。
カチコミ大好きな狂犬に配下もいい加減うんざりして逃げたのかな?
「兵士諸君!」
リュドミラはローブをバサッとはためかせ、手をまっすぐ伸ばした。
「武器を捨てて投降しろ! これ以上伯爵の暴挙に付き合う必要はない! この新三部会代表リュドミラが命を保証する!」
あの女、一応はまともな降伏勧告ができるんだ。
てっきり挑発して兵士たちの戦意をマックスにするものだと思ってたのに。
目くばせしたり顔を見合わせたりするものの、武器を捨てる兵士はいなかった。
まだ忠誠心が勝っているらしい。
けど、仲間の出方を窺っている時点で、迷いがあるのは間違いないだろう。
うまく説得を重ねれば降伏してくれそうだ。
なのに、リュドミラはため息をついた。
「アタシがこんなにもお願いしてるのに、降伏しないの……?」
言うほどお願いしてたか……?
降伏勧告マニュアルの手順なら、まだ導入パートみたいなものだと思うけど。
「降伏したとして、命の保証がどこにある!」
「ないね」
「えっ……?」
そこは嘘つけよ。
嘘つきのくせになんでそこで嘘をつかない?
「主君に墓まで殉じるってゆう諸君の忠義には恐れ入った。もう野暮は言わない」
「えっ……???」
絶対そんな忠義心ないから。
もっと野暮言ったげてー。
「その高潔な忠誠心に敬意を表して、すみやかに倒してさしあげるよ。かかってこい忠義の士よ!」
「……や、やることになっちまったのか?」
「なんかわからんが、そうだな……」
「もうやるしかないだろ! ほらいけいけいけ!」
「うおおおおおおお!!??」
兵士たちは、なんともしまらない雄たけびを上げた。
なんだこれ……。
こんなひどい説得初めて聞いた。
まあ、騒ぎを起こして注目を集めるのがリュドミラの役目だからこれでいいのか。
兵士たちの雄たけびを合図代わりに、わたしはフードを目深に被ってから、潜んでいた物陰を出た。
わたしがいるのは正面玄関の真横で、中に入るためには数人の兵士とすれ違わなきゃいけない。
全員リュドミラを見ているのでたぶんだいじょうぶだろう。
期待通り、だれにも気づかれずに建物内に入れた。
わたしに課せられた役目。
それは、速やかに総督室へ行きアミリアヌスを制圧すること。
できることなら生きたまま降伏させて、武装解除の命令を出させたい。
それもディ・ソラリ軍が突入してくる前に。
急がなきゃ。
―――
1階の広々としたロビーはがらんとしていて、5人しかいない。
武装した兵士が2人、残りはアミリアヌスの家臣か総督府の職員だろう。
リュドミラの話だと、ディ・ソラリ軍急迫の報を受けて、すっかり士気が低下したアミリアヌス陣営からは脱走者が相次ぎ、すでに兵士の3分の1近くが姿をくらませたらしい。
逆に考えると、いまだに残っている兵士はそれなりの忠誠心の持ち主ということになる。
油断はできない。
それにしても、ディ・ソラリ将軍の武名はそれほどこの国では大きいのだろうか?
できれば永遠にお会いしたくないものだ……。
1階と2階は天井ぶち抜きの吹き抜け構造になっている。
わたしは中央の大階段で2階へ上がった。
2階は廊下が左右に分かれている。
左には階段があり、それで3階に上れば総督執務室はすぐそこだ。
前に三部会の会議に出たときに、近くを通ったから場所はわかる。
右に行けば一般フロアというか、役人たちの事務部屋が並んでいるらしい。
右に用はない。
わたしは左に歩いた。
ここまでは順調だ。
覚悟していたよりもずっと敵兵の妨害が少ない。
というか、建物内にほとんど兵士の姿がない。
軍の弱体化とリュドミラの陽動作戦が効いてるんだろうか?
と思ったら。
3階への階段の両側にはきっちり警備兵が2人いた。
わたしはできるだけ息を殺し、2人の間をすり抜けて、おそるおそる階段の一段目に足をかけた。
だいじょうぶ。
慎重に動けば気づかれないはず……。
空気を揺らさないように、ゆーっくりと……。
「おい!」
息を止める。
その場で石になる。
「立ったまま寝るな! 上の連中に見られたらどやされるぜ」
「ふぁ~~~すまねえ。ここんとこ夜間警戒続きだろ? もうクタクタで」
「俺もだ。ったく、こんなこといつまで続くんだか……っと、騎士に聞かれる」
2人の兵士は姿勢を正した。
緊張のせいか、ほんの10秒くらい息を止めただけなのにもう苦しい。
息を吐かないと……!
わたしは、できるだけ音がしないように口をすぼめてゆっくり息を吐いた。
「ヒュー……」
かすれた口笛が静けさを破った。
「なんだ今の音? おまえか?」
「ちがう。おまえじゃないのか? ……って、なんだこの女!? いきなり現れたぞ!」
あ、マントの効果が、切れちゃった……。
1人の兵士が剣を抜きつつ、
「呼べ!」
と指示を出した。
させるか。
応援を呼びには行かせない!
しかし、もう1人の兵士はどこにも行かなかった。
その場で胸からなにかを取りだして口元まで持ちあげる。
「ピーーーーーーーーーーー!!!」
情けない口笛とは違う、警笛の鮮烈な高音が響き渡った。
たちまち騒然とする気配が伝わってくる。
とくに上階がうるさい。
金属がガチャガチャこすれ合う音が複数。
すぐに階段の上に武装した兵士が4人姿を現した。
これで合わせて6人。
さすがに多いな……。
どうする?
いったん兵士たちの視界の外まで逃げてマントの効果を復活させるのもアリかもしれない。
いやでも、こうも完全に気づかれた後にもう1度「インビジブル」の認識阻害効果は復活するんだろうか?
などと、もたもた迷っていたら。
肩になにかが当たった。
見たら、兵士の剣が、わたしの肩に当たっている。
斬られた。




