44話「潜入4 ボロを着た男」
テルマとの集合場所は、今朝、夜明けを待った干し草倉庫。
できるだけ急いで駆けつけたけど、誰もいない。
集合時間は日暮れ前だったのに、もう日が暮れかけている。
かなり遅れてしまった。
テルマは「遅れたら先に行く」みたいなことを言っていたので、そうしたのかも?
でも、あの子が本当にそんなことできるかな?
テルマはクールっぽく見えて意外と義理堅い。
先に行ったならいいんだけど、そうじゃなかったら大変だ。
ちょっと迷ったけど、探すことにした。
わたし1人なら『隠れ身のマント』のおかげで安全に動けるのだから。
まあ、魔術師には見つかってしまうみたいだけど……。
しばらく街を闇雲に探し回ってみたけど、見つからなかった。
たぶん自分でも見当違いな場所を探していると思う。
どこを探せばいいのかさっぱりわからない。
マントのおかげで敵に見つからずに済むだけで、べつにわたし自身の捜索能力がアップしたわけじゃない。
手詰まりだ。
日が暮れたのでしかたなく、干し草倉庫に戻ってきた。
今度は人がいた。
ボロボロの服をまとった物乞いが倉庫のそばに座り込んでいる。
暗いから、一瞬、テルマの変装姿かもと思ったけど、体格が違う。
細身のテルマと違い、この物乞いはがっしりしているし、あと……。
臭い……。
2メートル以上離れていても悪臭が漂ってくる……。
さすがにこれはテルマじゃないだろ……。
「スズキ親方?」
「はい?」
しまった!
つい反射的に返事をしてしまった!
すると、物乞いがすっくと立ちあがった。
なんだか物乞いにしては力強い動作だ。
絶対、物乞いじゃない。
「拙僧をお忘れか?」
ん? この声は……。
顔をまじまじと見て、思いだした。
「あんたは……」
この顔を見忘れるわけがない。
こいつはセヌアス・カイシン神官長だ。
かつて病気のわたしから銀貨10枚をまきあげた生臭坊主。
公衆の面前で大恥をかいてから姿を見なかったけど、まさか物乞いに身をやつしているとは……。
わたしがジロジロと遠慮なく見ていたせいか、
「無論、変装だ」
とカイシンは弁解するように言った。
「テルマ殿の遣いで参った」
「テルマの? テルマは無事なの?」
「無事だ」
「どこにいるの?」
「安全な場所だ」
怪しい……。
具体的な場所を言えばいいのに、ぼかしているのが怪しい。
だいたい、神官長ともあろう者がこんなところで物乞いの変装をしているのも変だ。
「言いたいことはあるだろうが、少なくともここは危険だ。場所を移したい」
迷ったけど、うなずいた。
もしこれが罠なら、すでに敵は動きを見せていたはずだ。
カイシンの後ろについて歩きだしたものの、すぐに距離を取った。
警戒したからじゃなくて。
臭いがあまりにもひどすぎるのだ……。
「その恰好、ホンモノかと思った」
「今この街で自由に動けるのは物乞いぐらいでな」
「にしても、臭すぎない?」
「そうでなければ、物乞いらしくなかろう」
納得。
変装とただのコスプレを隔てるのはこのホンモノっぽさか。
これだけ臭ければ、兵士も嫌がって近寄ってこないだろう。
それにしても、神官なのにいったいどこでこんな真に迫った変装術を……?
今は金にがめつい生臭坊主だけど、もしかしたら過去には人知れず苦労していたのかもしれない。
まあ、だからといって同情心はぜんぜん湧かないけど。
「というか、あんたもふつうに見えるんだね」
「……?」
「いや、このマントがさ」
「ああ、インビジブルか。いるとわかっておれば神官なら対処できるのだ」
魔術師もダメ、神官もダメ。
意外と使えねーなこのマント。
ドワーフがやけに気前よくくれたわけだよ。
万が一、魔族との戦いに引っ張り出されるような悪夢がきたら、これで隠れてやりすごそうと思ってたけど、どうやら当てが外れたみたいだ。
よく考えてみたら、こんなお手軽ステルスが簡単に通用するなら、やりたい放題できるよなぁ。
貴重品の窃盗。
風呂をのぞく。
機密情報の取得。
着替えをのぞく。
要人の暗殺。
えっちな行為をのぞく。
あとはなにをのぞけばいいんだ?
とまあ、すぐに思いつくだけでもこれだけの悪事ができる。
そんなことがしょっちゅう横行すれば、治安もなにもないカオスになってしまう。
当然、インビジブル対策は必須だろう。
カイシンは、人気のない通りに進んでいく。
しばらくして、とある裏路地にある地下への階段の前で立ち止まった。
「ここだ」
「ここだ、って……。あんたは入らないの?」
「拙僧は入らん」
「なんだそのあからさまに罠っぽいムーブ!?」
「拙僧は大神官から各所への連絡役を仰せつかっている。次の場所へ行かねばならぬ。それにこの状態で地下に入ると、みなが嫌がる」
と、カイシンは自分の鼻をつまんで見せた。
なるほど臭いテロか。
換気が悪い地下にこの悪臭で入っていけば、臭いが充満してひどいことになるだろう。
ふと、カイシンがわたしの腕を見た。
「ケガをしておるのか」
さっきすりむいた腕のケガを無意識にさすっていたようだ。
もうたいして痛くないけど、少し血がでてるので気づかれたのだろう。
カイシンが懐からなにかを取りだした。
小さな瓶。
「それは?」
「じつは最近、こもって治癒術を液体に移し替える研究をしておった。もしそれがかなえば、治癒術師のいないところでも患者を癒すことができる。これは試作品だ」
「ポーションってこと?」
「ポーション。なにやらわからぬが、いい響きだ。使わせてもらおう」
そういえばこの世界でポーションを見たことがない。
貴重品だから市場には出回らないんだろうなー、と勝手に思い込んでたけど、そもそも存在していなかったってオチか。
「夜の備え、といっては格好つけすぎかもしれぬがな」
たしかにこれが実現できれば、ケガしてすぐに治療ができるから、兵士や冒険者だけじゃなく治癒術師が少ない田舎の村なんかも助かるだろう。
来たる「夜会」でも、おおいに役立ちそうだ。
しかし、このゼニゲバ生臭坊主が大勢のひとの役に立とうとするなんて、腐っても神官だったんだなぁ……。
「それで、これは?」
「貴女に贈呈する。飲むといい。試作品ゆえ効果は保証できぬが、少しは癒えるだろう」
「飲む……んですか……」
なぜ塗り薬にしてくれなかった……。
いやだ……。
その瓶ってあれですよね、長時間、あの激臭のボロ服にしまわれていたわけですよね?
瓶の中の液体に臭いが移らないってことは頭で理解できるけど、それでもいやだ。
「遠慮は無用。貴女の耐性防具のおかげで思いついた発想だ。感謝のしるしと思って」
「いや~遠慮してるってわけでは……」
「これを完成させ、大量生産に成功した暁には、拙僧は大神殿を建てるほどの富を得るはずだからな。協力して恩を売ると思って! ささ、ぐいっと」
やっぱゼニなんかい!
と、ツッコもうとしてやめた。
ゼニは大事だ。
わたしだってつい最近までゼニを第一目的として動いていた。
ゼニ目的で始めたことでも、結果的に大勢の役に立てば、それは立派な行為だと言えるんじゃないかな?
「わかったよ。協力すると思ってね」
意を決してグイッと飲んでみたんだけど、傷口に変化はない。
「ぜんぜん効かないじゃん」
「待つのだ」
「待つって言っても…………ん?」
傷口が熱くなってきた。
観察していると、失われた皮膚部分にブクブクと小さな気泡がわいてきた。
うわあちょっとグロい……。
気泡は少しずつ滑らかになっていき、新しい皮膚になっていく。
ちょっとグロいけど、ちゃんと回復してるようだ。
治癒魔術のように一瞬でパーっと回復するんじゃなくて、継続的に回復するリジェネのようだ。
「わわ、かゆ!?」
傷口が回復するにしたがって、熱さが痒みにかわっていく。
我慢できないほど猛烈な痒みだ。
しかも、掻けば掻くほど痒みが増していく。
「こ、これ、状態異常、デバフだろ! 痒っ、なんとか、して!」
「しばらく辛抱すれば落ちつく」
カイシンの言葉通り、しばらくのたうち回っているとじょじょに痒みがおさまり、最終的には傷が癒えた。
「はあはあ……」
傷はきれいに癒えたけど、体力的にはめちゃくちゃ消耗した気がする……。
「やはり、要改善であるな」
「わたしで人体実験すんな!」
カイシンと別れて地下への階段を下りると、古ぼけた年代物のドアがあった。
そのドアを開けた。




