40話「隠れ身のマント」
アミリアヌスの暴走を知らせる伝文がワグネリアの弟子からこの宿に届いていたらしい。
その文によると、アミリアヌスは「総督殺害未遂及び三部会での狼藉」の罪で魔術学院導師リュドミラを指名手配した。
しかし、リュドミラが見つからなかったため、魔術学院に犯人隠匿の疑いをかけて閉鎖、主だった指導者たちを逮捕した。
暴挙はそれだけで終わらなかった。
三部会での合意なくドワーフ王国への救援要請を行った、としてワグネリアに「外患誘致罪」の嫌疑をかけて、工房を接収したそうだ。
「おおかた、おいらんとこの武具が目当てだろうな」
アミリアヌスの暴走はさらに加速する。
つぎに戒厳令を発動し、兵を挙げて街を全面封鎖してしまったのだ。
口実は「夜に備えた防衛強化のため」である。
本当の狙いは「人流や情報の出入りを統制するため」というのがワグネリアの読みだ。
「なんか、たいへんなことになっちゃいましたね……」
わたしたちが街を旅立ってからほんの10日ほどしか過ぎてないのに、とんでもないことになっている。
ワグネリアは弟子の伝文から目をあげると、
「おまえだって他人事じゃねえぞ」
と不吉なことを言った。
リュドミラが最後に会話していた相手がスズキ親方だったことを、衛兵が目撃していたのだ。
共謀の疑いあり、とのことでスズキ工房にもガサ入れがあったらしい。
その際、商人が妨害しようとしたため、これを逮捕。
商人……?
「まさかそれって……」
わたしは思わずエリンを見た。
エリンはがんばって深刻そうに眉根を寄せていたけど、わたしと目が合うとグッと親指を立ててきた。
絶対なにもわかってない。
ワグネリアに視線を送ると、首を振った。
「ゴンドかどうかまではこれにゃ書いてねえ」
「え、お父さん? お父さんがどうしたのっ?」
「逮捕されたんだよ、たぶんだけど」
「なんで? お父さんなにかやったの?」
「エリンごめん。わたしのせいだ」
ワグネリア工房を接収したのが大量の武具を手に入れることが目的なら、わたしの工房を狙った理由は1つしかない。
耐性用の素材狙いだ。
あのクソ総督め。
盗んだ素材をやつがどう使うつもりなのかわからないけど、こんなことになるなら、隠しておくべきだった。
「横暴です! 総督にはそんな権限はありません!!」
と、ベスが我慢できないとばかりに言った。
「王都が総督に与えた権限は徴税権と、死刑執行の権利だけのはずです!」
「ああ、そのとおりだ。が、やけに詳しいなベス」
ワグネリアにそう言われると、ベスはもごもごと口ごもった。
ベスが家出少女なことはわたししか知らない。
……一応エリンも知ってるけど、たぶんもう忘れてるだろう。
ただのお金持ちの令嬢かと思ってたけど、今の口ぶりだとそう単純ではなさそうだ。
12歳の子どもが複雑な政治権力の構造を理解している。
それだけ権力に近い家で育ったという証だろう。
まあ、今はベスの氏素性はどうでもいい。
「さすがの口だけ大将もまだ神殿には手を出しちゃいないようだが、そいつも時間の問題だろう。ミルトンはヤツの独裁体制下にあるってわけだ。ヤツを動かすつもりだったが、動きすぎたな。想定外だ」
こんなことをやってのけたんだから、もはや口だけ大将という蔑称はふさわしくないかもしれない。
にしてもゴンドを巻き込むなんて、許せない。
「あたし、お父さん助けにいくっ!!!」
エリンが椅子を蹴って立ち上がった。
はやくも剣の柄に手をかけている。
その姿勢のまま、馬車で1日の距離を走っていくつもりなんだろうか……?
ちょっとだけ気になったけど、止めるのが先決だ。
今にも飛びだしていきかねない勢いだったエリンをみんなで抑えてふん縛った。
「距離は1日あるが、ここも安全とは言いきれないな」
とワグネリアが声を潜めた。
そんなことを言われると、食堂にいる冒険者や旅人がみんな総督の手先に見えてくる。
こわい……。
「もっと情報が必要だ。だが、おいらたちが捕まるわけにもいかねえし。安全な拠点をミルトンの近くに確保したいところだが……」
言葉を濁したところを見ると、ワグネリアには当てがないようだった。
わたしには、ある。
あんまり迷惑をかけたくないんだけど、情報を集めるためにはミルトンに近づく必要があるし、安全のためには総督に知られていない拠点が必要だ。
その条件を両方満たすのは……。
「うちに、お友だちが、たくさん?」
グネヴィアはもうお察しのようで、あきらめ半分のムードだ。
彼女の家ならミルトンからほど近いし、総督も森の魔女を知りもしないだろう。
グネヴィアの察しが早くて助かった。
けど、その後、馬車のなかでずっと二の腕をつねられた。
―――
ワグネリアは宿を出ると、同行していた弟子たちに命じて離散させた。
各地に偏在している身内に、このクーデターを知らせに向かわせたのだ。
わたしたちは念のために大きな街道を避けながら、グネヴィアの家に移動した。
身軽なテルマがミルトンの偵察を買って出てくれて、ほどなくして戻ってきた。
城門は固く閉ざされ、いつもより多めに守備兵が配置され、あきらかに警戒態勢だったらしい。
やはり街は封鎖されているようだ。
なにをするにしても、とにかく街の中の様子がわからないと計画を練ることすらできない。
そこで、誰かが潜入して情報収集してくることになった。
誰かが。
この人選は大切だ。
「はいはーい! あたし絶対行くよー! 悪い牢番ぜんぶ倒してお父さん助ける!」
ぴょんぴょん跳ねながら熱烈に立候補しても、エリンだけは絶対に行かせられない。
実際にエリンなら牢番程度なら全員倒せてしまうかもしれないけど、その後騒ぎを聞きつけて駆けつけた大量の衛兵に捕まるのがオチだ。
街の顔役であるワグネリアは目立ちすぎるのでアウト。
面は割れていないけど、ベスは子どもなので除外。
ルイーズはおっぱいが大きすぎるのでやはり除外。
グネヴィアは途中で寝るおそれがあるし、どう見ても潜入向きではないので候補にもならない。
ということは……。
残るはわたしとテルマである。
テルマは適任だと思う。
手練れのD級冒険者だし、弓使いで敏捷だし。
冷静沈着な性格も潜入向き。
生まれも育ちもミルトンだからあらゆる路地を裏の裏まで知り尽くしている。
いっぽう、わたしはただの一般人で、潜入能力はない。
そして黒の魔女としてムダに名前と容姿が売れてしまっているため、面割れとかいうレベルじゃなく目立つ。
一見、潜入任務なんて向かないように思える。
しかーし!
わたしには、ヒドンガルドで友好を温めたおかげで得た秘密道具があるのだ!
てってれー!
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・隠れ身のマント : 防御力1(Cランク)
(インビジブル)
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これが、ドワーフ職人からもらったレアアイテム。
「インビジブル」の特殊効果付きのCランク防具だ。
ちなみにこのメンツでCランク防具を装備できるのはわたしだけ。
わたしは『隠れ身のマント』を颯爽と身に着けた。
すると、みんなが急にキョロキョロする。
どうやら目の前から突然わたしが消えてしまったように見えているらしい。
ふふん。
さすがドワーフ秘蔵のレアアイテム、効果は絶大だね。
わたしが腰に両手を当ててドヤ顔してやると、キョロキョロしていたみんなが顔を見合わせて吹きだした。
「ぷっぷぷぷ。ヨシノさん、目の前で着たらさすがにムリみたいだよー、ぷぷぷ」
エリンに笑われた。
悔しい。
どうやらすでに発見されている状態で着用しても効果はないようだ。
あくまで「隠れ身」であって、「透明状態」になるわけじゃないってことか……。
なんか不安になってきた……。
もう少し実験してみよう。
「インビジブル」はある種の認知阻害を引き起こす特殊効果らしくて、物陰で着てから現れてみたら、みんなわたしのことを無視した。
今度は笑われなかったので、マジで気づかなかったようだ。
街に入ってから出るまで着っぱなしがよさそう。
「いいかヨシノ、テルマ。まず知りたいのは神殿と冒険者ギルドの様子だ。連中が無事なら連絡を取りたい。総督の手勢の配備状況も知りたいところだが、それは余裕があったらでいい。無理はするな」
ワグネリアの指示は明確なのでありがたい。
だけど、心の中でもう1つ任務を付け加える。
グネヴィアの家を出るとき、わたしはエリンに「任せて!」というメッセージのつもりでうなずいてみせた。
それで察してくれたのか、エリンはグッと親指を立ててきた。
……ほんとに察してくれたのかな?
さっきの流れがあるから親指立ては不安になるんだけど……。
そんなわけで、クーデター軍が支配する危険な領域で、人生初の潜入任務をすることになった。




