41話「潜入1 城壁の中へ」
高い防壁で囲まれたミルトンには、2つの城門しか出入口がない。
その城門が閉ざされている以上、入る手段はない。
通常の手段では。
わたしとテルマはグネヴィアの家を出ると森の中を進んで、ミルトンまでの距離を安全に詰めた。
やがて森の端まで来た。
ここまで来ると、木々の合間からミルトンの防壁が見える。
ひざ丈のフード付きマントを目深に被って変装したテルマが木の影で半身になり、防壁の様子を窺う。
物見の兵士を警戒しているのだ。
テルマがやるとサマになってる。
わたしがやるとヘタクソなかくれんぼプレイヤーにしか見えないだろう。
しばらくしてテルマが「コッ」と小さく舌を鳴らした。
合図もシャレてるなぁ。
あれ、真似したい……。
「ヨシ姉?」
「あ、ごめん」
「あの川は見える?」
「見える」
森と防壁のちょうど中間地点辺りに大きな川が流れている。
街の水源だ。
川は途中で2つに分かれ、その支流のほうが街へ流れ込んでいる。
「あの辺り。取水路がある」
テルマの指の先を追っていくと、視線が防壁のある地点に突き当たった。
ちょうど支流がそこに流れ込んでいる。
わたしはとくに目がいいほうじゃないのではっきりとは見えないけど、なにか黒くなっているような気がする。
あれが、支流を街に取りこむための取水路の入り口なのだろう。
取水路は2つの城門のちょうど真ん中辺りにある。
兵士の姿はない。
敵は、城門周辺や防壁を乗り越えようとする者を警戒しているけど、地面にはそれほど警戒していないようだ。
森から取水路まではなにもない平原を突っ切ることになるので、夜まで待った。
夜になったので動き始めた。
暗がりの中、平原を突っ切って防壁の下まで行くと、取水路には鉄格子がはまっていた。
「ここ、錆びてるんだよね。地元の悪ガキならみんな知ってる」
と、テルマが鉄格子を根元から外した。
「でも余所者は誰も知らない。総督もね」
首尾よく城内への侵入を果たしたわたしたちは、取水路の暗い地下道を進んだ。
ある程度進んだところで、天井が開けた。
地元住民が水を汲んだり洗濯をしたりする水場だ。
深夜だからか、だれもいない。
テルマのおかげで第一ミッション「防壁を突破しろ!」はなんなくクリアできたというわけだ。
―――テルマ視点―――
水場の階段を音もなく上ると、テルマは油断なく周囲の気配を探った。
兵士はいない。
舌の音を「コッ」と鳴らして階下のヨシノに合図を送った。
どたどた、とわりと大きめの足音を立ててヨシノが階段を上ってくる。
ひやひやしながら見守っていると、ヨシノは階段の途中に置いてあった桶を盛大に蹴っ飛ばした。
がらんがらん!!!
桶が下に転がり落ちていく。
あわててテルマは身を低くした。
ヨシノも階段の途中で固まった。
しーん。
響く虫の音。
そのまましばらく待った。
幸い、兵士が寄ってくる気配はない。
しかし。
下から「チュッ」「チュッ」となにやらヘンな音が聞こえてくる。
下を見ると、ヨシノが必死に唇を尖らせて音を出している。
なにをしたいのかテルマにはさっぱりわからなかった。
ともかく、安全そうだ。
舌で「コッ」と合図を送って促すと、ヨシノが上がってきた。
なぜか悔しそうな表情をしていた。
テルマはヨシノを先導して裏路地を注意深く進んでいく。
しかし。
ヨシノは気もそぞろで、なにかを探すようにキョロキョロしている。
(ヨシ姉、なにをしてるんだ?)
(ダンボール落ちてないかな~って)
(だんぼーる?)
(そう。最強のステルスアイテム)
ヨシノがたまに意味不明な言動をして周囲を困惑させることはテルマも知っている。
もしかして……。
もしかしてだけど、潜入という任務に浮かれているんじゃないだろうな……?
と、かすかに疑いつつもテルマは先へ進んだ。
馬車屋の近くにある干し草の倉庫に入り、そこで身を潜めて朝を待つことにした。
人気のない夜、しかも戒厳令下で歩き回るのはあまりにも危険だからだ。
夜警の兵士に見とがめられたら言い逃れのしようがない。
朝。
住民が活動を始めてからもしばらく待って、2人は外へ出た。
すでに街には多くの住民が行きかい、いつも通りとはいかないまでもそれなりに賑わいを取り戻していた。
これなら目立たずに行動できる。
とはいえ、ここからは別行動になる。
路地を知り尽くしているテルマは冒険者ギルドと神殿を偵察し、ヨシノはワグネリア工房の様子を見に行くのだ。
ワグネリア工房の偵察はワグネリアの指示にはなかったが、ヨシノがどうしても見る必要があると主張したのだ。
冒険者ギルドは城門の近くにあり、ワグネリア工房は商業地区にある。
つまり、距離がそこそこ離れているのだ。
「手分けしたほうが潜入っぽい……いや、効率的じゃない?」
と、昨夜の潜伏中ヨシノが急に予定外のことを言い出したのだ。
自分1人なら何かあっても逃げられる自信がテルマにはある。
だけど……。
不安な思いで、あくびをかみ殺しているヨシノを見つめた。
テルマはヨシノを尊敬しているし、信頼もしている。
自分たちの面倒をよく見てくれるし、赤の他人である冒険者を救おうという信念やそれを貫き通す意志力、そして鍛冶師としての能力は本物だ。
しかし。
魔術道具の『隠れ身のマント』を装備しているとはいえ、本人の隠密能力はゼロだ。
しかも昨夜みたいに状況をわきまえずに謎行動をしたりする。
一応、今後の方針を確認しておこうとテルマは思った。
「ヨシ姉。万が一、捕まったときは」
「わかってる。舌を噛んで自害するんだよね?」
「じがい……???」
「ほら、機密を守るために」
「……」
「ごめんテルマ……冗談だって」
「わたしが集合時間に来なかったら、探したり待ったりせず脱出してって言いたかった。わたしもそうするから」
「りょうかいであります!」
やはり心配だ……。
舌を噛んで自害?
どこからそんな物騒な発想が出てくる?
天才鍛冶師の考えることは凡人の自分にはわからない。
不安を抱えながらも、テルマはヨシノと別れて冒険者ギルドへ向かった。
案の定、ギルドは閉鎖されていた。
建物の前に2人の兵士が陣取っている。
近くに冒険者の姿はない。
おそらく、ここにはもう誰もいないだろう。
支部長のデンゼマがどこにいるか、無事なのかもわからない。
(ここはダメだな)
ギルドに見切りをつけたテルマは、そこから近いスラム街を訪れた。
最近親しくしている冒険者パーティが定宿にしている場末の安宿があるのだ。
このパーティは全員が街の外から来た流れ者だ。
こういうときは地元民じゃないほうがいい。
地元の人間は今後の立ち回りを考えて保身に走りがちだが、しがらみのない流れ者にその心配はない。
少しばかり金をつかませてやれば、後腐れなく情報をくれる。
もっとも、金のために簡単に情報を売られてしまうのでそこには注意しなければいけないが。
話を聞くと、やはりギルドは適当な理由をつけて閉鎖されたらしい。
デンゼマは難を逃れたとのことだが、消息は不明。
知りたいことを知れたので、テルマは礼を言って安宿を去った。
つぎは神殿だ。
戒厳令のせいか、中央広場にはあまり人がいなかった。
ここの状況は冒険者ギルドよりもひどい。
神殿は完全に包囲されていたのだ。
大階段の下には完全武装の兵士が10人以上いる。
一応、警護という体裁をとってはいるものの、彼らに与えられた命令が包囲なのは明らかだ。
なにしろ兵士は神殿のほうを向いて立っているのだから。
おそらく、神官たちが反抗しないようにプレッシャーをかけているのだろう。
(ここもダメだな)
侵入経路が大階段しかない以上、荒事にならずに突破することは不可能だ。
あれでは誰も出入りできない。
高台に建てたのに階段を1つしか作らないからこんなことになる。
バカな建築家の仕事だ。
(ムダかもしれないけど……)
そう思ったけど、テルマは念のためにスズキ工房へ向かった。
エリンのために、ゴンドの居場所の手がかりでもつかめれば、と思ったのだ。
スズキ工房についた。
工房の扉は閉ざされているが、兵士の姿は外にはない。
中にいないとも限らないので、入ることは避けた。
(どうする? 聞き込みするか?)
迷った。
いつもスズキ工房やゴンドの商店に入り浸っているので、自分は周辺の住民には面が割れている。
聞き込みはかなり危険だ。
絶対に避けるべきだ。
正直、今ここにいること自体すでにかなりの危険を冒している。
街の裏通りで育ったテルマは、金と保身のためなら人間がどこまでも浅ましくなれることを熟知している。
だが、このままではなんの成果もない。
ゴンドには昔から世話になっている。
エリンの悲しむ顔は見たくない。
その思いが、冷静なテルマの判断力を鈍らせた。
背後から忍び寄る異常なまでの臭気に気づかなかったのだ。




