39話「ドワーフとの技術交流」
援軍要請の旅としては無駄足に終わった。
けど、わたし個人としては有益なこともあった。
ドワーフご自慢の立派な鍛冶場を拝むことができたのもその1つだ。
ワグネリアの工房が手狭に見えるほどデカい大ホールに溶鉱炉がいくつも設置され、そこらじゅうで金属を打つ音が響く光景は、工房というよりもはや工場だった。
そこでドワーフの鍛冶職人たちと技術交流の機会を持てた。
オマケとはいえ一応使者なので、わたしは手土産を持参してきた。
状態異常耐性用の素材だ。
どうやらドワーフの鍛冶業界には「状態異常耐性」の概念がなかったらしく、珍しがられたし、喜ばれた。
最初は、
「人間の鍛冶職人なんぞになにができるんじゃ」
と、歓迎ムードゼロだったけど、この手土産のおかげで職人たちの態度が一変した。
それどころかめちゃくちゃ褒めてくれた!
わたしが『上位精錬』で防具に耐性をつける実演を見せると、驚愕と感嘆の声があちこちから上がったのだ。
「空前絶後の手際!」
「すさまじい神業よ!」
「使者殿に人間やらせておくのはもったいないのう!」
もうね、大絶賛。
なんなら鼻をかんだだけで歓声があがるほどの盛り上がり。
すっかり気持ちよくなってしまったので、請われるがままなんでもやってみせた。
企業秘密?
そんなのどーでもいーっしょ?
気持ちよすぎてぜんぶ出してやったわ!
もちろん、見返りもあった。
手土産への返礼、というわけでもないんだろうけど、ドワーフ職人たちもいろんな技術知識を伝授してくれたし、貴重な品物をいくつかくれた。
よっぽど「状態異常耐性」という概念が目から鱗だったらしく、なんとCランクのレアアイテムまで混じってた。
いやー技術者同士の交流っていいものですね!
ただ、交流の後の酒宴には参った。
一杯目からきっつい蒸留酒を飲まされたのだ。
入れ替わり立ち替わりに職人がやってきて二杯、三杯と注いでくるものだから、あっという間にゲロった。
口直しに水を頼んでも、渡された液体はビールだった。
なんでもヒドンガルドには飲み物としての水は存在しないらしい。
気持ち悪すぎてぜんぶ出してやったわ!
―――
急性アルコール中毒で倒れる前に、救いの手が現れた。
わたしを酒宴の席から連れ出してくれた人物がいたのだ。
ギル、という若者だ。
いや、ドワーフの年齢はよくわからないんだけど、たぶん若い。
ギルはドワーフにしては背が高く、体の線も細い。
どことなく神経質な顔をしていて、インテリな雰囲気がある。
顔がうっすらと赤いのは酒のせいだろうか?
そういえばさっき「そんなひ弱じゃ槌は打てんぞ! もっと飲め!」などと、蒸留酒をしこたま飲まされてた気がする。
アルコールで筋肉がつくことなんてありえないと思うけど、それがドワーフの流儀なんだろう。
わたしが吐き気をこらえているのを見て、
「これをどうぞ」
とギルは木のコップを渡してきた。
「や、もうビールはけっこう」
「ビールではありません」
ほんとかよ?
鍛冶職人のおっちゃん連中と言ってることが違うぞ。
飲んでみたらほんとに水だった。
あるんじゃん、飲み水!
ドワーフ族は平然と嘘をつく、と心にメモをしておこう。
「きみ、さてはいいやつだね?」
「はは、それはわかりませんけど」
ギルが「見てほしいものがある」というのでわたしはふらつく足でついていった。
どこを見ても似たような薄暗い岩窟の廊下を進んで、案内されたのは小さな工房だった。
そこに置かれている金属の物体を見て、朦朧とする頭でも理解できた。
大砲だ。
わたしの記憶はそこで途切れている。
気がつくと、朝になり、あてがわれた客間でだらしなく寝ていた。
すでに集合時間に遅れていたため、大急ぎで帰り支度をしなければいけなかった。
そのせいか、しばらくギルのことを思い出しもしなかった。
―――
ヒドンガルドでの2日間の滞在はあっという間だった。
わたしは、出てきたばかりの巨大な石の門を振り返る。
名残惜しくなるかと思ったけど、まったくそんな感情は湧かなかった。
二日酔いのひどい頭痛とケツの痛さのせいで、解放感しかない。
気分は監獄でのお勤めを終えた囚人だ。
「無駄足でしたね……」
「なにがだ?」
ワグネリアは怪訝な顔をした。
「だって、援軍断られちゃったし」
「はっ。なにを聞いてやがった。グルガンは王都を説得しろ、って言ったんだぜ。そりゃ裏返せば、王都が軍を出すならこっちも出すってことだ。事実上の約定だ」
「そうなんですか?」
「ああ、成功だ。ちゃんと書面にもしたためてもらった」
と、ワグネリアは自分の胸をどんと叩いた。
胸元に書状をしまってあるのだろう。
「でも、それって王都を説得するって前提ですよね……?」
「当然だろ」
「では、やっぱ無駄足では……?」
援軍要請をミルトンが出すためには三部会での合意が必要だ。
王都の介入を招くのは、自由都市としての存立を脅かされかねない行為だからだ。
だけど、三部会の一角を占めるのは、あのアミリアヌス総督だ。
単独での抗戦を主張するヤツが首を縦に振るとは思えない。
考えてみればおかしな話だ。
王都から派遣されてきた人間の総督が王都への救援要請を嫌がり、元々の住人ではないドワーフが街のために介入を望んでいるのだから。
「だからこそ、こいつが役に立つんだろ」
またワグネリアが胸を叩いた。
「こいつを使って口だけ大将にプレッシャーをかける。義務もねえドワーフが援軍を出す用意があるってのに、防衛義務を負っている総督が王都にお伺いを立てなかったとなりゃ、やつの地位も危うい」
「はーなるほど」
すると、ワグネリアがここに来た動機は、ドワーフの援軍を求めたんじゃなくて、総督を動かすためだったのか……。
近くにいる総督を動かすために遠くまで足を運ぶ。
これが政治ってやつか~。
怖いから関わり合いにならんとこ。
―――
来たときと同じように街道を引き返し、4日はなにごともなく過ぎた。
だけど、ミルトンまであと1日の距離まで来たとき、異変が起こった。
ワグネリアが宿の食堂にわたしたちを集めたのだ。
緊急の要件だと言って。
顔を見れば、深刻な話なのはすぐにわかった。
とても深刻な話なのが。
「ミルトンに戒厳令が発令された。アミリアヌスのやつ、暴発しやがった」




