38話「ヒドンガルドにて」
岩の中にいる。
岩、岩、岩、ときどき石。
岩だらけ。
ヒドンガルドは、一言でいえば岩山をくりぬいて造った巨大都市だった。
鉱石や岩、土などの資源を掘り出す採掘場。
それを加工する鍛冶場や石切り場。
商店や飲食店が軒をつらねる繁華街。
軍隊が訓練を行う軍事基地。
細かく区分けされた洞窟型の居住スペースなどなど……。
生活に必要な施設すべてが岩と石でできていて、広大な岩山のなかにすっぽりとおさまっている。
わたしは、ドバイ辺りにある遊興施設一体型の複合巨大ホテルを思い浮かべた。
まあ、もっと監獄っぽい印象だけど。
初見だと、どこがなんの施設なのか、さっぱりわからなかった。
ドワーフ王との会談のために王城に案内されたわけだけど、「ここから先が王城です」と言われても、他と見分けがつかない。
王城なんだから貴族もいそうなものだけど、やっぱり見た目ではよくわからない。
着ているものが多少ボリューミーな人が貴族なのかな、と思って見分けようと試みたけど、当てにならなかった。
王との会談場所である謁見室。
ここも岩まみれだ……。
どうやらドワーフ族が質実剛健を好むとの言説は本当のようで、謁見室も他の施設とたいして変わらない。
見た目にはわからないけど、岩の椅子がちょっと豪華な材質だったりするんだろうか?
しかし、座ってみた感じ、あいかわらずのゴツゴツ感だった。
ここで豆知識。
ドワーフ族はケツが丈夫。
どこへ行っても椅子が岩なので、すぐにお尻が痛くなり、もう座りたくなくなってしまった。
ドワーフ王グルガン十何世は、ワグネリア一行を快く迎え、もてなしてくれた。
あれ、二十何世だったかな?
ちょっと覚えてない。
グルガンはさすがに一目で王とわかった。
分厚い毛皮のコートを着ていたからだ。
ちなみに今は夏だ。
地球の夏と同じくクソ暑いので、防寒のために着ているわけじゃない。
岩だらけの隠れ谷地方では、コートに使えるような毛皮を取れる大型の動物は珍しいのかもしれない。
毛皮が貴重品で、だからこそ王権の象徴として扱われているのだろう。
グルガンの印象は巌。
試しにハンマーで叩いたら金属音がしそうなくらい、硬く重そうな存在感の持ち主で、さすがは王なだけあると感心した。
あだ名も『巌窟王』というらしい。
……なんかここの王なら、全員同じあだ名でいけそうだけど。
グルガン山脈と同じ名前なのは、もともとこの王国がそこにあったから、らしい。
つまり、グルガン王の国があったからグルガン山脈と名付けられたのであり、そして廃都とは、かつてのドワーフ王国の都なのだ。
―――
会談がはじまった。
ワグネリアが来訪の目的を話すと、グルガンは深いため息をついた。
「夜が来る、か」
と、玉座の後ろの壁を振り返る。
そこには魔物だか魔族だかの角が飾られている。
雄牛のものに似ているけど、ねじくれ曲がって禍々しいオーラを発している気がした。
「かつて、我らが都は魔の者に蹂躙され、奪われた。我らは祖国を追われ、逃避の屈辱に耐えることを強いられた」
グルガンが感慨深げに言うと、謁見室に参列しているドワーフたちから鼻をすする音が漏れる。
なんかしんみりしてる。
戦禍の記憶ってやつなのかな……。
こんな雰囲気で戦争の援軍なんて頼んでだいじょうぶだろうか?
ダン!!!!!
突然、グルガンが石床を踏み鳴らした。
「だが、此度はちがう! 余はやつらの肉を裂く準備を怠ったことは1日もない! 我がミョルニルをもてい!! 戦じゃぁぁ!!!」
うおおおお、とドワーフたちが雄たけびをあげた。
さっきまでしんみりしてたのに、ずいぶん点火が早いことで……。
でも、いい感じだ。
これはもう、気分は戦争と見ていいでしょう。
やけに都合よく話が進んでるのがちょっと気になるけど。
なにしろ、まだこちらは見返りすら提示してない。
ひょっとしたらドワーフは人間とちがって根が善良なのかも、と思ったりもしたけど、善良ならそもそも戦争を歓迎しないだろう。
すっかり戦闘狂と化した家臣たちを眺めて、満足そうにうなずくグルガン。
ふと、なにか思い当たったのか、言いだした。
「して、剣聖と戦った強者は参られておるのか?」
「はい。ここに控えております」
と、ワグネリアがこっちを見た。
いやこっち見んなよ。
誤解だって説明したでしょうが!
わたしが想像していたよりもずっとフェリシアの剣名は高いようで、ヒドンガルドについてからずっと同じ質問ばかりされる。
「あの剣聖をどうやって退けたのか?」と。
退けてないし。
勝手に帰ってくれただけだし。
ドワーフたちは英雄譚に目を輝かせる子どものように戦いの様子を聞きたがった。
そんな純粋な目をされると、
「麻痺毒でハメて倒そうとしたけど失敗しましたー。てへっ」
などと夢を壊すわけにもいかず、適当にはぐらかさざるを得なかった。
わたしだって最初のうちは懇切丁寧にはぐらかしていたんだけど、あまりにも同じ質問をされるのでうんざりして適当に答えることにしたのだ。
グルガンが熱視線を送ってくるので、わたしはしぶしぶ立ち上がってお辞儀をした。
「おお、そちが……」
「はい陛下」
「剣聖を一撃で仕留めたというその豪剣、来たる戦場でまみえてみたいものよ」
やだ、また話が盛られてる……。
最初は「激戦の末になんとか痛み分けした」とか、もうちょっとかわいげがあったんだけどな……。
いまや一撃ってことになってるんかい……。
「ご苦労だった。座られい」
わたしは恭しくお辞儀してから座った。
これも外交使節の務め。
尾ひれのついた武勇伝が援軍ゲットの役に立つなら、道化にもなろうというものさ。
そんな感じで、だいたいは好感触で会談が進んだ。
しかしというか、案の定というか、実際に戦士団を援軍に出す話になると、グルガンは渋い顔になった。
「ミルトンに義理はあるが、義務がない」
だから援軍は出せない、と平たく言えばお断りされたわけだ。
グルガンがそういうのにもちゃんとした理由があった。
ミルトンは自由都市であり、ヒドンガルドと独自に友好関係を結び、交易や人の交流も盛んだ。
だから義理はある。
しかし、友好関係はあっても、同盟関係にはない。
だから義務はない。
そういうことだ。
また、ヒドンガルドとカルバニア王国にも同盟関係がない。
ミルトンを領内に持つカルバニアが一兵も出していないのに、ドワーフ王国が勝手に援軍を出すわけにはいかない。
それは越権行為に当たるし、へたすりゃ内政干渉や侵略行為と受け取られかねない。
それに。
「人間が総力を挙げて戦っていないのに、なぜドワーフが犠牲にならなければならない?」
臣民のそういう疑問に答えようがないのだ。
筋が通ってるので、グルガンの一存ではどうしようもないことはわたしにもわかった。
会談の終わりにグルガンは、
「王都を説得しろ。余に戦をさせるのだ!」
と、ワグネリアを焚きつけた。
ようするに。
無駄足だったわけだ。




