37話「ヒドンガルドへ」
明朝。
わたしたちは馬車に揺られていた。
ミルトンの城門を出てからしばらくの間はのどかな田園風景が広がっていたけど、今は左右を森林に挟まれている。
縦に並んだ2台の馬車は、街道を南へ進んでいく。
前の馬車にはワグネリア一行が乗りこみ、後ろの馬車にはわたしの身内が乗っている。
ちょっとした旅行気分なのか、さっきまでベスとエリンは2人して風景を見ながら騒いでいたけど、今ははしゃぎ疲れて寝ている。
御者の隣に座ったテルマは、油断なく周囲を見回していて、警戒を怠らない。
休むように言っても聞かないので、そうしているほうが楽なんだろう。
ルイーズはずっと熱心に本を読んでいる。
読書家なのは魔術師としていいことなんだろうけど、馬車は市営バスの5倍は揺れるから、気持ち悪くならないのが不思議だ。
やはり屈強な冒険者の肉体は三半規管も優れているのだろうか。
2人とも冒険者だけのことはあって、旅の時間の過ごし方を心得ているようだ。
「それで、どうして、わたしまで?」
荷台に腰かけたグネヴィアが眠たそうに言った。
いつも疑問形なのでわかりづらいけど、これは不満があるときの言い方だ。
今朝早く、森の家に押しかけてほぼむりやり引っ張ってきたので、当然の反応だけど。
寝込みを襲って急に連れ出したので、体の線がぴったり出る薄布みたいないつもの服の上にショールを羽織っただけ、という長旅にはふさわしくない格好だ。
不機嫌なせいか、わたしから微妙に距離を取って座っている。
「逃げるつもりだったから」
わたしは率直に答えた。
今さら隠してもしょうがない。
「だった? 今は、違う?」
「違うよ。もう逃げるつもりはない」
「どうして、考えを、変えたの?」
「まあちょっとあってね」
出発の直前まで、わたしは使者の旅にかこつけて逃げる気まんまんだった。
まずは南のドワーフ王国――ヒドンガルドへ行き、そこから先は成り行き次第。
もっと南に逃げてもいいし、安全そうならどこでもよかった。
けど、少なくともミルトンに戻る気はまったくなかった。
「逃げるつもり、だったのに、どうして?」
「友だちを置いて逃げるわけにはいかないでしょ」
やや拉致気味にでもグネヴィアを連れ出したのは、もう戻らないつもりだったからだ。
ただ、逃げるのをやめた今となっては、グネヴィアを連れ出した意味はあまりなくなってしまった。
それどころか長距離旅行にむりやり同行させているだけの迷惑なやつ、になってしまっている。
しばらく目を瞬いていたグネヴィアは、くすくす笑ってから腰を上げ、わたしのすぐそばに座りなおした。
ぴったりと横にくっついて、もたれかかってくる。
「なんだよ」
「ふふ、ふふふ、お友だち?」
「そうだよ。なんだよ気持ち悪いなあ……」
グネヴィアはまたくすくす笑う。
頭をこすりつけてくるの、やめて?
「それで、なにが、あったの?」
―――
今朝早く、夜明け前。
わたしは早めにミルトンを出て森へグネヴィアを迎えにいった。
ワグネリアとの待ち合わせ時間に間に合わせるためだ。
そしてまだ寝ていたグネヴィアを強引に連れ出し、集合場所に向かった。
そのとき、ある場面に出くわしたのだ。
城壁の前にゴンドとエリンがいた。
話し中のようだった。
わたしはなんとなく声をかけづらくて、2人から見えない場所に隠れた。
ちなみにグネヴィアもいたけど、ほぼ寝てたので覚えてないのだろう。
表情は見えないけど、ゴンドの声が強張っているのはわかった。
「ミルトンは危険になる。もう戻ってくるな」
「逃げろってことー?」
「そうだ」
「ありえないよー。お父さんや街のみんなを見捨ててあたしだけ逃げるなんて」
すこし、沈黙。
小鳥の囀りがやけに大きく響く。
「ヨシノもそのつもりだ」
ゴンドの野郎、囀りやがった……!
わたしは昨日の帰り、冒険者ギルドに寄って、使者旅行の護衛役としてエリンのパーティを雇う手続きを済ませた。
今回の旅が逃避行であることを周囲に悟られないためのカモフラージュ工作であり、もちろん、エリンたちをスムーズに連れ出す口実でもあった。
だから、エリンたちもベスも、逃げるつもりとは知らない。
説得できる気がしなかったし、そもそもするつもりもなかった。
「仕事のつもりで街を離れたら、その後壊滅しちゃいました、結果的に命拾いしたぞラッキー!」
みんなにはそんなハッピーな感じで気持ちよく逃げてもらいたかった。
街を見捨てるなどという重荷をわざわざ背負う必要はないのだから。
わたし1人が知っていればいいことだ。
でも、ゴンドにだけは話した。
彼には自分の店もあることだし、騙して連れ出すような真似は通用しないと思ったからだ。
それにゴンドは大人だ。
自分で決断するべきだと思った。
ゴンドはやっぱりついてこないと言ったけど、わたしの逃亡計画を聞いても批判をせず、エリンを連れ出すことにも同意した。
それがいい、と。
エリンのためだと同意したのだ。
それを、バラしやがったぞ。
もう計画台無しだよ……どうしてくれるんだこの始末。
「わかってくれエリン。俺には店がある。母さんとの思い出がつまった店がな。だから行けない。だが、おまえには未来がある。広い世界を生きる権利がある」
ゴンドは懇願するような口調になっていた。
「だから、戻ってくるな」
が、最後だけは断固とした父親の命令口調だった。
「ありえないよお父さん。そんなのありえない」
「なに?」
「だってヨシノさんはすごいんだから!」
「……それは、わかってる」
「わかってない。何人の新人冒険者を救ったかわかる?」
ゴンドは口ごもったのか、すぐには言葉を継げない。
「……」
「……あたしもわかんないけど」
ずこー。
いや、何人と問われてもわたしもわからないけれども!
「ギルドにいじめられても、神殿に邪魔されても、ヨシノさんはあきらめなかった。いつやめてもよかったのに。みんなを、わたしを助けてくれた。だからヨシノさんが逃げるなんてありえないのっ!」
どうやら、ゴンドはもう父親の権威を振りかざすこともできなくなってしまったようで、無言だった。
「だって、ヨシノさんはヒーローなんだよ。神鍛冶師なんだよー?」
中止。
逃亡計画、即時永久中止!
ヒーローは逃げないからヒーローなのだ。
……やっぱり中止じゃなくて延期ってことにしとくか?
―――
そして、今に至る。
長い話を終える頃には、寄りかかってくるグネヴィアの頭がやけに重くなっていた。
こいつ、寝やがった……!
自分でもわりといい話してるなーでもちょっと恥ずかしいなーと照れながら話していたのに、鬼かこの女!
グネヴィアはパチッと目を開けると、
「それは、よかった、ね?」
と、さも話を聞いていたかのように微笑んだ。
いや、おまえ寝てただろ、なんならほぼ全編にわたって寝てただろ!
「あなた、エリンに、救われた?」
……なんだよ、起きてたんじゃん。
―――
最初の3日間は街道沿いの宿場町に泊まった。
まだ凶報がとどいていないのか、人々の生活はこちらが拍子抜けするほど落ちついていた。
ミルトンとヒドンガルドは交易が盛んなため、何度も商人や旅人とすれ違ったけど、その人たちもとくにあわてた様子はない。
ある程度年齢のいった老人には悲壮感を漂わせている人もいたけど、若者はだいたい「夜ってなにさ? 毎日くるだろ」みたいなノリだった。
道中、何度か魔物と出くわした。
こちらには頼もしいDランクパーティがいるので、なんなく切り抜けることができた。
しかし、主要街道にこれだけ魔物が出現するのは珍しいことのようで、エリンたちは警戒を強めた。
これも「夜」の訪れの兆候なんだろうか?
さらに2日間。
街道を進むと、だんだんと辺りの風景が岩山がちになっていく。
そして、岩山の深い谷間に、荘厳な石造りの巨大な門が現れた。
「ついたぜ。ここが隠れ谷、ヒドンガルドだ」
ワグネリアが到着を告げた。




