34話「三部会」
ミルトン総督府。
その豪奢な会議場には、張り詰めた空気が漂っている。
それもそのはず、この三部会は定例のものではなく、緊急開催されたものだからだ。
大神官ガルディオは自席から、円卓を囲む出席者の顔ぶれを観察する。
主な出席者は3人。
カルバニア王国から派遣されたミルトン総督のアミリアヌス伯爵。
商工会議議長ワグネリア。
そして自分、大神官ガルディオ。
この3人が三部会の代表者である。
それぞれ、王権、民衆、宗教の代表者だ。
それ以外にも魔物の専門家として冒険者ギルド支部長デンゼマも助言者の立場で出席している。
それにしても今日はやけに出席者が多い。
いつもは数人しかいないのに、10人以上が出席している。
そのなかに場違いな黒髪の女を見つけて、ガルディオはつい顔を顰めてしまう。
『黒の魔女』……。
彼女が引き起こした神殿収入の減少と醜聞が仇となり、ガルディオの王都栄転は白紙になってしまった。
直接の面識はなかったが、縁浅からぬ仲である。
予定の刻限になった。
司会進行をつとめる総督秘書官が三部会の開催を宣言して、さっそく本題に入った。
「フェリシア・フェリシティア卿来訪の件について、あらためてご報告させていただきます。
現在フェリシティア卿はグルガン山脈に居を構え、廃都監視の任に当たっておられます。昨日、卿が40年ぶりにミルトンを訪れ、『夜会』の兆候が見られると告げたそうです」
議場がざめわいた。
全員そのことを承知のうえで集まっているのに、それでも一同をざわつかせるのに十分な効力を持つ内容だったのだ。
『夜』が来るのだから、当然といえば当然の反応だ。
「つきましては、今後の対策について、有識者のみなさまからご意見を賜りたいと存じます」
秘書官が言い終わるのも待たずに、会議場には激しく言葉が飛び交った。
出席者たちが好き勝手に発言するものだから、あっという間に議場は混沌に満ちてしまう。
「商工会議議長として、発言するぜ」
と、混沌から会議を救ったのは商工会議議長ワグネリアの野太い声だ。
鍛冶ギルドのギルドマスターだが、それ以上に、このミルトンの経済を表裏から操るやり手の商売人という人物像がふさわしい。
ワグネリアはいくつか提言した。
---
1、王都への援軍要請。
2、食糧等生活物資の備蓄強化。
3、輸送網や隊商の護衛強化。
4、南のドワーフ王国への支援依頼。
---
最初の3つには参列者たちもおおむね同意を示したが、4つめの「ドワーフ族への支援依頼」には失笑で応える者が多かった。
反対、いや、論外といったところだろう。
つぎの発言者は冒険者ギルド支部長デンゼマだった。
手練れの戦士と名高いデンゼマは、30代半ば、立ち上がると筋骨隆々の大男である。
魔物の活発化が観測されているが今のところギルドは対処できている、とデンゼマは現状を報告した。
「しかし今後はわかりません。グルガン山脈近隣の町や村落の住人の避難を実施されたいと思います」
「ありえん。これから収穫の時期を迎えるというのに、農民の避難など現実的に不可能であろう。ましてや、来るかどうかもわからぬ魔族とやらのためにな!」
そう若い騎士が笑い交じりに言うと「そうだそうだ!」と少なくない数の同意の声があがった。
「ここはやはり、閣下のご意見を伺おうではないか!」
衆目が議場の中心に集まった。
視線が集まった先には、ミルトン総督アミリアヌス伯爵がいる。
アミリアヌスはおよそ30歳。
2年前から総督を務めているが、伯爵という身分からすればミルトン総督など左遷もいいところだ。
その巻き返しばかりを目論む無能な若造、という悪印象をガルディオは持っている。
しかし。
「諸兄らの意見はよくわかった。だが、まだ情報が少ない。あまり性急な動きは民衆の不安を煽り、街の混乱を招きかねない。ここはまず、剣聖から直接伝言を受け取った者の話を聞くべきであろう」
アミリアヌスが意外にもまともなことを言ったので、ガルディオは内心驚いた。
危機にあって平時とは別人に化ける人物がいるが、あの総督はそれなのかもしれない。
秘書官がスズキ親方の名を呼んだ。
末席でおずおずと立ち上がったスズキ親方の作業着姿を見て、嘲弄する笑い声がそこかしこから上がる。
それをいかにも人格者っぽく片手で制しながら、アミリアヌスが笑顔を浮かべる。
「フェリシティア卿はなんとおっしゃっていた?」
「みな死ぬ、と」
あまりにも短く、身分をわきまえない答え。
出席者たちは動揺を隠しきれずに騒然としたが、アミリアヌスはまったく動じない。
ガルディオは「妙だな」と思った。
傲岸なアミリアヌスの性格ならあのような物言いを捨て置くはずがないのに。
スズキ親方が着席すると、アミリアヌスは咳払いした。
「こんな情報だけで王都に救援要請はだせん。一戦も矛を交えていないのにドワーフ族に助けを請うこともできん。それは王国の権威の失墜を招きかねん」
そう言いながらアミリアヌスはゆっくりと立ち上がった。
「40年前――ミルトンは、卑劣な夜襲を受けた。低い防壁は役に立たず、手薄な戦力はまたたく間に撃滅され、街は無残に蹂躙された。夜空が真っ赤に染められた。それらすべては当時の総督の油断が招いたことだ」
と、遠い目をする。
まるで見てきたかのような物言いだ。
「だが、今は当時と違う。城壁は高く、頑丈だ。兵士はかつてより多く、さらに精強だ。そして、つねに備えを怠らなかったわたしが総督職にあり、なによりも、勇猛なる諸兄らがいる。
ここは臨機応変に対応しつつ、ミルトン単独での徹底抗戦を主張する!!!」
アミリアヌスがここぞとばかりに勇ましく拳を振り上げた。
「その意気や、よし!!!!」
「魔族なにするものぞ!!!!!」
「雄々しく果てるは騎士の誉れぞ!!!!」
などと出席者から大声で賛意があがり、たちまち議場には戦意の熱が満ちていく。
してやられた……!
と、ガルディオは痛恨の思いがした。
今賛同したのはみなアミリアヌス配下の騎士たちだ。
やつは最初から「単独での夜会解決」という手柄のためにこの事態を利用するつもりで、議場の出席者を配下の者で埋めたのだ。
夜を知らない世代はこれだから恐ろしい。
ミルトンを滅ぼすのは魔族ではないのかもしれない。
やはりアミリアヌスは化けたようだ、最悪の方向へ……。
「ちっ。なんだよこの茶番はよ! おい大神官、魔術学院はどうしたんだよ!?」
ワグネリアが苛立たしそうに話を振ってきたが、ガルディオは黙って首を横に振った。
当然、助言者としての参加要請が魔術学院にも届いているはずだが、議場に学院長の姿はなかった。
遅れているだけならよいのだが、あるいは……。
アミリアヌスが扇動した熱によって、いっきに単独抗戦へと流れが傾きかけたそのとき、議場の扉が開いた。




