33話「剣聖の余波」
「剣聖来訪!」
その報せはまたたく間にミルトンを駆け巡った。
人々は眠れぬ夜を過ごした。
そして、夜が明けた。
―――
工房に集った面々はみんな一様に暗い顔をしている。
エリンとベスというレギュラーメンバーに加えて、ゴンドやテルマ、ルイーズも一堂に会し、工房の人口密度はいつもより高い。
それなのに飛び交う言葉はほとんどない。
要するに。
お通夜状態なのである、わたし以外。
「前回、剣聖さまが訪れたのは約40年前。そのときも、後に『魔の夜会』が訪れたと伝えられています。ミルトンは壊滅的な被害を受けた、とのことです」
ベスが淡々と言った。
できるだけ感情的にならないように、事実だけを述べるように、と努めているようだ。
そのせいでますます事態の深刻さを強調してしまっているのだが。
なにしろ能天気を体現したようなエリンですら難しい顔をしている。
まあ、難しい顔をしてるだけでなにも考えてないかもしれないけど……。
どうやら、話、というかこのノリについていけてないのは、異世界人のわたしだけのようだ。
まあ『魔の夜会』なんて言われたら、なんとなーく想像はつく。
あれでしょ、魔族とか魔物が大挙して攻めてきて人肉フェス開催! みたいなそういうインフェルノなイベントでしょう。
当然詳しいことはわからないけど。
ここは実際に経験したひとに話を聞くのがいいだろう。
「ゴンドは前回の、夜会ってやつ? 詳しいんじゃないの?」
水を向けると、ゴンドはムッとしたような顔をする。
「俺を何歳だと思ってる。産まれる前の出来事だぞ」
「え? てっきり50歳くらいかと……」
「そんなジジイじゃない! まだ36歳だ!」
えーっ!
これはびっくり。
この世界の大人って老けてるんだなー。
やっぱ栄養状態がよくないことが影響してるのかな。
味も全体的にまずいし……。
36歳ということは、エリンが16歳だから20歳のときの子どもか。
元の世界の基準からすると、結婚出産も早い。
まあ、それを言ったら16歳でバリバリ肉体労働してるのも十分早いんだけど。
さて。
暗くなるのはこの世界の住人にお任せするとして、わたしにはもっと考えなければいけないことがある。
それは剣聖から与えられた問いだ。
フェリシアがカチコミをかけて暴れていったのは、あくまでついでだった。
ミルトン来訪の本当の目的は「魔の夜会」が迫っていることを伝えるためであり、そのついでに教え子に「防具に頼るな」と苦言を呈しにきたわけだ。
教え子思いなのはけっこうだけど、暴れる必要はないよね……。
迷惑な助言スタイルもあったものだ。
防具に頼るな、という説にわたしは賛成できない。
実際、新人冒険者たちに初期装備としてDランク防具が支給されるようになってから死傷者は激減している。
悪いことなんか1つもないじゃないか。
素人にはそう思えてしまう。
だけど、古参勢の冒険者からはあまりよくない意見も聞こえてくる。
たとえば。
「最近の初心者は生死の境を分かつ『洗礼』を乗り越えてないからひ弱だ」
「死線をくぐってこそ真の冒険者になれるってもんだ」
こんな意見だ。
自分はゴミみたいなEランク装備で苦労したのに、スタートからDランク防具を装備して安全に冒険できるなんてけしからん!
そういう老害のやっかみだとわたしは思ってた。
だけど、話はそう単純ではなくなってきた。
たとえば、Dランク防具は『ゴブリン』や『腐肉狼』といった底辺魔物には絶大な効果を発揮する。
なにしろ敵の攻撃がほぼノーダメージなものだから、初心者でも安全に討伐できるのだ。
討伐というより、もはやザコ処理のレベルだ。
そうなると、戦闘と呼べるものではなくなってしまい、ある程度戦い方が雑になってしまうのかもしれない。
ゲームならボタン連打してるだけってところか。
それを、フェリシアが「弱くなった」と表現したのだとしたら、全否定はできない。
なにしろこれから襲来するかもしれない「魔の者」にはDランク防具なんてEランク防具と同じく役に立たない可能性が高いのだから。
……とはいっても。
とはいってもだよ。
それはわたしの責任じゃない。
無責任なようだけど。
わたしが努力してDランク防具を普及させたのは、あくまで命を守るためであって、冒険者に鍛錬を促すためじゃない。
武具の強さに頼り切った戦い方をつづけた結果、技や戦術が未熟なままになるのは、その冒険者本人のせいだと思う。
鍛冶師はそこまで面倒見切れない。
まさかわざと弱い武具を渡すわけにもいかないし。
それじゃ元通りだ。
だったらなんなんだろう?
フェリシアが最後に言い捨てていった「そなたの責だ」って。
いったいなにがわたしの責任だって意味なんだろう?
わたしになにをしろって言いたかったんだろう?
わからん。
ぜんぜんわからない!
―――
わたしはフェリシアの問いに頭を悩ませ、他のみんなはお通夜モード続行。
そんな感じでなにも建設的な意見が出ずに無為に時間を浪費していたとき、意外な人物が訪問してきた。
ワグネリア親方だ。
取り巻きの弟子をぞろぞろと引き連れている。
ワグネリアは工房内をじろっと見た。
「んだよ、このシケた工房は、だれか死んだのかよ?」
ひとの工房をつかまえてずいぶんな物言いだけど、現状をよく言い当ててる。
死んだ、というよりこれから大勢死ぬと思いこんでいる人たちによる事前お通夜集会みたいなものだから。
ワグネリアはわたしにもジロ目を向ける。
「おまえ、なんで作業着なんか着てんだよ、はやく着がえろ!」
「は? なぜですか?」
見れば、ワグネリアはいつもの作業着ではなく、さっぱりとしたよそ行きの恰好をしている。
「お、なんかその服いい感じですね。おデートですか?」
「なにを言ってやがる。今朝、使いの者をやっただろうが」
そういえば、なんか来てたかも……?
今朝はいろんなひとが入れ替わり立ち替わりにやってきて、暗い顔と暗い滅亡予想図を披露していくものだから、うんざりして途中から鼻ホジ気分でまともに聞いてなかったのだ。
「行くぞ、準備しろ」
「行くって、どこに?」
「総督府だ」
総督府……たしか王都から派遣されてきた偉い役人が政務を執っている施設だったかな?
「え、そんなとこに用ないんですけど」
「ある。おまえも三部会に出るんだから」
「なんで?」
なんで、というか「三部会ってなに?」って感じだ。
まあよくわからないけどパスだな。
「決まってンだろ。おまえは鍛冶ギルドの副ギルド長だからだ」
「は?」
ええええええええ?
いつのまに?
そんな役職を拝命した覚えはぜんぜんないんだけど!
「さっき任命した」
ふざけんなよ!
「いやいや、謹んで辞退申し上げますんで……」
「この三部会は、剣聖来訪についても議題にあがる。フェリシア・フェリシティアと直接会ったのはおまえらだけだろうが」
「そりゃまあ……」
「そっちの嬢ちゃんたち連れてくわけにもいかねえだろ」
と、ワグネリアは顎でくいっとお通夜組のほうを示した。
12歳のベスはいくらなんでも小さすぎるし、エリンは年齢に関係なく会議向きの性格とはいいがたい。
そんなわけで、わたしは三部会とやらに出席するために総督府に出向くハメになったのであった……。




